本をもらったので速攻で自炊して捨てた


光文社@リストラ中から荷物が届いた。


中身は新刊書のようだ。

私は富士通のScansnapを使い続けて、すでに10年近くになる。初代のScansnapは本当にひどい代物で、紙の端がちょっと折れたり、静電気で貼り付いてるだけで原稿が二重送りされて簡単にエラーが出て止まってしまった。しかし、唯一の「自動両面カラースキャナー」だった。当時、一人で住んでいた47平米の部屋には仕事の資料と本が山積みされており、ベッドからトイレに行くのも本の山を崩さないように「カニ歩き」をしなければならない状態だった。三年がかりで大量の資料をスキャンし終えた。しかし「本をバラす」には勇気が必要だった。

モノを効率よく整理するために共通するノウハウがあると思う。最初はカセットテープ、VHSテープ、CDから捨てたが、保存するものと捨てるものを峻別しようとすると、いつまでも手がつかない。服でも物品でも片付けながら思い出に浸っていたら時間が無駄に過ぎていくだけである。そこで、自分自身に課した原則は以下の三つである。

1、深く考えずに捨てる。
2、二年間使わなかったものはゴミと同じ。
3、絶対に捨てられない大切なものを真っ先に捨てる。

PLUSの裁断機を買って本を切り刻み始めたのは六年ほど前で、Scansnapも三代目になった。すでに一万冊以上の本をスキャンして捨てた。その量は、資料と合わせて1テラバイトになろうとしている。

最初はPCの液晶画面で本や資料を読むのは苦痛だった。しかし電子化のメリットは部屋のスペースを確保できるだけではない。adobeのAcrobat Readerは重いだけでウィルスみたいなものだが、PDFビューワーを「PDF-XChange Viewer」に変えるだけで様変わりする。このソフトが優れているのは、PDF文書に「傍線」「囲み」「書き込み」「注釈」など入れて保存することが出来ることである。資料として読んだ本にいくつもの付箋紙をつけても、後から当該箇所を探し出すのに苦労するが、このソフトでは書き込みが「しおり」になるので、当該ページに簡単にジャンプすることが出来る。慣れてしまえば紙の本には戻れなくなる。


そんなわけで、もらった本も即座に切り刻むことにする。


裁断機は中国製で必要かつ充分。


Scansapは何度も買い換えて既に五代目である。



バラし易くて、とても良い本だ。宣伝乙。

三洋電機〝崩壊〟の裏でゴールドマン・サックスがやったこと 『週刊朝日』 Part3

三洋が「金融機関支配」になった一昨年春、一人の大物元代議士が、水面下で三洋電機の救済に動いていた。〝塩爺〟こと塩川正十郎元財務大臣である。塩川氏が振り返る。

「三洋の組合OBから、『松下電器と一緒になって、太田工場の職員を守りたい』と言われたのです。三洋の井植(敏)さんとは、僕の息子が養子にいった先と縁戚です。地元ですから三洋とも松下とも下請けから後援会におって親しくしてる。それで森下君(洋一、パナソニック相談役)に相談したんです。『真剣に聞いておきます』ということでした。西川さん(善文、日本郵政社長)にも言うと、『雇用の問題は大事です』という答えでした」

ところが、この提案は三井住友出身の前田副社長に一蹴される。

三洋電機〝崩壊〟の裏でゴールドマン・サックスがやったこと 『週刊朝日』 Part2



同じ年の11月23日、日経新聞に『三洋、主力の携帯売却へ』という記事が出る。

「日経が記事にした中期経営計画の数字は正確でした。しかし、この時点では『携帯売却』は具体的には決まってなかったのです。実は、中計はいくつものバージョンがあって、『○○事業の売却』『○○子会社の閉鎖」などの検討をして、最終的に発表する文書をまとめる。翌24日に発表する中期経営計画の〝シミュレーション〟時点の資料が流出したのは確実でした」(三洋元幹部)

社内で中期経営計画を策定するのは経営企画本部である。前述の通り、そのトップが副社長の楢葉だ。そして本社8階の経営企画本部には、なぜか別のGSの人間が常駐していた。

「多いときには5、6人いました。三井住友や大和の社員も財務などの支援に来ましたが、彼らは全員『出向』なのに、なぜかGSだけは『駐在』でした。つまり、籍を三洋に移さずにセキュリティパスを持って社内を自由に歩き回っていたのです」(三洋幹部)

三洋電機〝崩壊〟の裏でゴールドマン・サックスがやったこと 『週刊朝日』 Part1




2006年初め、港区西麻布にあるフランス料理店「コット」で、米国系投資銀行ゴールドマン・サックス(GS)社長の持田昌典が、客を前にして、独特の甲高い声で喋り続けていた。この店のオーナーは持田で、三井住友銀行社長時代の西川善文などの財界人を接待するサロンとして、知る人ぞ知る存在である。

この日、同席したのは、三洋電機の野中ともよ会長と井植敏雅社長、そして持田の部下で後に三洋の副社長に就任するGSのヴァイス・プレジデントの山崎健太郎だった。三洋の元幹部が語る。

「GSへの優先株発行を発表して、最終的な詰めをしている最中でした。アルコールが入っていたとはいえ、持田さんは、とても女性には言えない下品な表現で野中さんをからかい続けたのです。出資してもらうという立場上、敏雅さんは何も言い返すことが出来ず、テーブルの下で拳を握り締めていたそうです」