孫経営の終焉、ソフトバンクの憂鬱『PRESIDENT』Part3

ナスダック・ジャパンの開設を間近に控えた頃、マスコミ各社や証券会社に怪文書や怪メールが迷い込みはじめる。その内容は、NJIの社長、佐伯達之氏の行動を批判するものだった。

「ソフトバンクから十億円の支度金をもらった」「渋谷の高級マンションを買ってもらった」という真偽不明なものに始まり、ゴルフ接待や遊興費ばかりに経費を使っているという、内部関係者でしか知り得ないものまで含まれていた。佐伯氏は、日本IBM時代から無類のゴルフ好きであり、また金に糸目をつけない接待営業マンだったことは、業界では広く知られていた。そして、証券業界について、まったくの素人であったことも、周囲からの不協和音を生じさせる原因になったのだろう。

特に喧伝されたのが、巽氏との「不仲説」である。巽氏は「仲が悪い」という事実は否定するものの、佐伯氏の非常識な行動に不信感を抱いていた事実は隠そうとしない。

「佐伯君に、一月四日(二〇〇〇年)の大発会で、みんなに紹介してやると言ったんです。当日、大証の建物の下に朝八時に行ったら佐伯君が来てないんやけど土屋君(=陽一、元三洋証券社長)が来とんのやね。土屋君が何でこないとこへ来とんやと僕は思うたら、土屋君をナスダックへ入れるっちゅうんですな。で、私の会社に佐伯君と二人で来ましたわ。そこで私は、『おい、ちょっと待て。土屋君、キミ、どんな常識してんねや。業界の寄託証券保証基金、四〇〇億円もババかけた。絶対駄目だすぐクビにせえ』と言った。そうしたら『北村さんがOKした』っちゅうわけです。そんなおかしな話はないと、『俺は駄目だ。(エレベーターで)下に降りるまでにクビ切っとけ』と、目の前で言うたんですよ」(巽氏)

呆気に取られるのは、佐伯氏が、倒産した三洋証券の土屋元社長をNJIに誘ったのは、「大学時代の友人だから」という理由だったという。

そして、六月十九日のナスダック・ジャパン市場のオープンでも、巽氏は驚嘆させられる。スタート前日の十八日、巽氏は自宅で内輪のパーティを開き、当日、テープカットだけで簡単な式典を終えた。ところが・・・。

「その晩に東京の郵船ビルでパーティーやるという話になって、行ってびっくりしたわけですよ。花で、もの凄いようけ呼んでね。それは、我々の常識とは、だいぶ違うんですよ。どこで、『ウワー上場や』いうてマーケットやりますか。そんなことで金使うたからいうて、上場してくれる人がおりますか。だから、樋口さん(=廣太郎氏アサヒビール名誉会長、日本ナスダック協会会長)とロビーで、『これ一体どうなるんや』『いやいや、俺もちょっと。これは樋口さん大変やで』いう話をしたんですけどね」

巽氏の心配通り、ナスダックやヒリー氏の思惑は、ことごとく外れた。当初は二年間で九〇〇社の上場を目指していたが、実際は百二〇社あまり。その結果、NJIが経営危機に直面した。大証には、ヒリー氏から、「固定分配金を二億円に引き下げたい」といった提案や、「赤字を改善できなければJASDAQ(日本証券業協会)と提携する」といった〝脅し〟が相次ぐことになる。

巽氏は「固定分配金はそちらの言い値だ」と、断固としてナスダック側の要求を突っぱねた。そして、NJIから、毎月五千万円入る予定の固定分配金が、入金しなかったという。

「昨年三月にフロリダのゴカラトンで国際会議があって、その席でザーブ、ヒリー、僕でトップ会談をやったわけです。そこで『金を払え』と言った。で、彼らが言うたのは、『その六億でNJIの株を買って下さい』と。私は『ナスダック・インターナショナルの株なら買ってもいい。しかし、お前のとこ(NJI)の株は買うわけにいかん。第一お前、もう殆ど飛んでもうとるやないか』という話をしたんです」(巽氏)

米ナスダック側は、自らの読みの甘さが招いた赤字会社を、大証に買い取らせようしていたことになる。しかし、このまま放っておけば、NJIとともに共倒れになってしまう。帰国した巽氏は、樋口氏とともに、NJIの経費削減をするように、ヒリー氏に提言した。

「朝早うから、朝食もまじえて話しました。アークヒルズから出ろと。家賃安いとこ行け。で、月給も下げろと。ゴルフイベントはやめろと。ところが、聞きよりゃせんわけやね、全然。僕も激怒したことありますわ。『それだけアークヒルズにステータスがあるんやったら、イヤリングにでもしてぶら下げて歩け』て言うたぐらいなんです」(巽氏)

こうした交渉を続けているときに、先の「一〇〇〇ドルの靴」という記事が出た。米ナスダック側からの「反撃」という見方ができる。

もはや手がつけられないほどに関係が悪化した大証と米ナスダックだが、ここで注目したいのは、あれほど熱心に誘致をしていた孫社長の姿が、まったく見えてこないことだ。


初出:孫経営の終焉、ソフトバンクの憂鬱『PRESIDENT』2002年12月2日号