ソフトバンクモバイルに巻き返しの秘策はあるか『Foresight』Part2

「一昨年五月、ソフトバンクは米系投資ファンドのリップルウッドから日本テレコムを買収した。すると日本テレコムの社員が、ボーダフォンに転職したのです。ソフトバンクの傘下で働くより、同じ外資のボーダフォンの方が勤めやすく、給料も良かった」(元日本テレコム社員)

そのボーダフォンをソフトバンクが買収すると、再び社員の大移動が始まった。

「今度はボーダフォンの社員がウィルコムなど他の通信会社に転職し始めた。比較的給料がよかったボーダフォン社員は、報酬の見直しで給料が下がることを嫌がったのです。毎月、三十~五十人が退職していると聞きます(ソフトバンクモバイル広報は「退職者は二桁前半で許容範囲)と説明)。こんな事態は、東京デジタルホンからジェイフォン、ボーダフォンと会社組織が変わった時にも無かった」(通信会社幹部)

巨額のLBO(相手先企業の資産を担保にした買収)の結果、総額二兆円を超える負債を抱えたソフトバンクモバイルは、「資金が枯渇」していた。孫が満を持して派遣した幹部たちは、現金が足りないまま、戦いを強いられたのだ。

この十月、ソフトバンクモバイルは、一兆六千億円の短期の繋ぎ融資から、携帯電話ビジネスの証券化により、一兆四千五百億円の長期融資に切り替える。事業そのものの証券化の狙いは、利払い負担の軽減だった。複数の金融関係者によると、「十月末までに、シティバンク、みずほコーポレート銀行、ドイツ銀行の三行で総額六千億円、農林中金、新生銀行が千五百億円ずつ、残りの五千億円を十行程度で分け合う」というスキームになるようだ。

「すでにソフトバンクモバイルは、ギリギリまで借金をしている。これ以上の資金を捻出するには、ソフトバンク本体が支援するしかない。株価が低迷している以上、保有資産を売却しない限り、資金繰りは難しいのではないか…」(外資系投資銀行のアナリスト)

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孫は、ボーダフォンを建て直すために、「通話エリアの充実」「魅力的な端末」「充実したコンテンツ」「販売体制の拡充」という四つの公約を打ち出した。NTTドコモが基地局を四万四千局にすることに対抗し、「我々は来年三月末までに四万六千局にする」と豪語している。基地局の設置で通信ネットワーク構築の指揮を執るのh、名古屋めたりっく通信元社長で、ソフトバンクグループのモバイル事業を主導してきた専務の宮川潤一である。しかし、充分な資金を持たない状態での設備増強は、〝歪み〟を生んでいる。

「工事代金の支払い期限を半年後に設定したのです。しかも、内々で、『一年後に伸ばせないか』という交渉までしているらしい。現場では、ドコモとの間で工事会社の奪い合いも生じており、このままでは来年三月末までに基地局を倍増させる計画の達成は微妙だと思います」(通信キャリア首脳)

一方、鳴り物入りで営業指揮官に就任した榛葉、久木田の二人も、まだ影が薄い。光通信方式の営業手法には、「実弾(現金)」が欠かせない。榛葉と久木田の真骨頂は、部隊を金で動かす攻撃型の営業だ。そのためには、ソフトバンクモバイルの資金は充分とは言い難い。九月から『スーパーボーナス』という新しい契約制度を打ち出した。これは、新規購入者の携帯端末費用を安くする代わりに、二年間の長期利用を条件に割賦支払いを免除するという仕組みだ。「インセンティブ頼みの日本の携帯市場に風穴を開ける」と、歓迎する声がある一方、販売店からは、こんな声が挙がっている。

「お客さんに割賦制度を理解してもらうのに時間がかかる。そもそもボーダフォンの割引システムは、ドコモやauと比べて複雑です。東京デジタルホンやジェイフォンからの長期契約者も残っているので、販売員も正確に理解できないほどです。一目で割引率や月々の利用料が分かるような仕組みにして欲しかった。ベンダー(販売店)に支払う販促費も分割されるので、我々にとってメリットが薄い」

こうして、現場が厳しい戦いを強いられる中、一人気を吐いているのが孫だろう。今、ソフトバンクモバイルが売っている携帯端末は、ボーダフォンの旧経営陣が企画した製品ばかりだ。しかし、孫の「薄型携帯のソフトバンク」といったプレゼンテーションで、〝何かが変わった〟と印象づけ、端末を片手に「私もロンドン滞在中にヤフーにアクセスし、メールも使った」と言う孫のパフォーマンスだけで、女性タレントを起用するライバル会社に匹敵する宣伝効果を発揮している。また、色数を増やしただけで、「ドコモは三十五色、auは三十七色、我々は五十四色」と、端末が充実したかに見せるあたりも、家電量販店の商品陳列戦略に秀でた〝卸し屋〟ソフトバンクの面目躍如だ。

しかし、MNPのタイムリミットは近づいている。九月の端末契約の純増数は、auが十六万八百台、ドコモは十二万六千三百台だが、ソフトバンクモバイルは、わずか二万三千四百台で、実力差は歴然としている。年末商戦と、来年三月の新入学・新社会人シーズンの「携帯キャリア激変期」までに、差を埋めることができるだろうか。携帯キャリアの首脳はこう言う。

「孫さんが〝大人のソフトバンク〟と言っているうちは怖くない」

孫がボーダフォンを買収した時、ユーザーは「通話料金の価格破壊」を、家電メーカーは「世界市場に売れる携帯電話を製造」を実現できると期待した。ところが、買収後の六ヶ月間は、資金繰りに汲々とするだけで何もできなかったに等しい。大人の仮面を脱ぎ捨て〝既成秩序の破壊者〟に戻らない限り、孫に正気は訪れない。しかし、高額すぎた買収資金が、その手足を縛り続けている・・・。


初出:ソフトバンクモバイルに巻き返しの秘策はあるか『Foresight』2006年11月号