孫正義 色褪せた錬金術師『文藝春秋』Part3

ネットベンチャー投資に専念すると決めてからの孫社長の猪突猛進ぶりは凄まじい。米シリコンバレー在住のベンチャーキャピタリストはこういう。

「ちょうど九八年頃からです。ITやネットビジネス系のアメリカ企業に、孫さん本人が乗り込んできて経営者をかき口説くんです。『ソフトバンクの資本が入れば真っ先に日本市場に参入できる。是非とも出資させてくれ』と、一日に何社も回る。「なんとかドットコム」「イーなんとか」という社名なら何でもOKという勢いでした。もっとも我々は、企業を育成する投資というより、全ての出走馬に有り金を注ぎ込む『イージーマネー』という見方をしてました」

「インターネット財閥」や「時価総額経営」、さらにアメリカで成功したビジネスを時間差で日本に持ち込めば必ず成功するという「タイムマシン経営」といった聞きなれない言葉が飛び交い始めたのはこの時期だ。そして、ベンチャー市場「ナスダック・ジャパン」の創設にも成功する。先の成毛氏の「卸業者的な投資」という見方をするなら、「ナスダック・ジャパン」は、いわば会社という商品を販売する量販店である。

投資先の株式公開で、ソフトバンクの資産が膨張していく--「時価総額経営」なるものが成功したかに見え、最盛期の時価総額は二十兆円になった。ところが、肝心の仕入れた商品(企業)の質の低さが露呈して、今や時価総額は六千八百億円にまで萎んでいる。今年になってからも上場させた企業の「不良品」騒動が続出している。

今年三月に上場した「クラビット」は、ソフトバンクグループの一社で、先のスカパー社の衛星放送の加入代理業を請け負っていた。ところが、上場直後に「受信前から料金を徴収していた」として、契約を解除されたのだ。この結果、クラビットは存続すら危ぶまれる事態になり、ソフトバンクは、子会社を通じてクラビットの発行済み株式を公募価格で買い取らざるを得なくなった。クラビットは、旧社名のデジタルクラブ時代に光通信に加入契約を任せて、「無料という謳い文句で加入させられた」「契約解除が出来ない」などの苦情が消費者センターに相次いだ前科がある。会社の体質改善を怠ったと言わざるを得ない。「会社の卸売業者」たるソフトバンクグループにとって、消費者(投資家)の信頼を裏切る、雪印事件に匹敵する大失態である。

ソフトバンクグループの綻びは、これに止まらない。店頭公開企業の「ディジットブレーン」からは、額面三億円の約束手形のコピーが流出するという不可解な事件も起きた。ディジットブレーンは、昨年八月にディジット(ナスダック上場)とブレーン・ドットコムが合併した就職情報サービス会社である。合併はソフトバンク傘下のソフトバンク・ファイナンスの主導で、北尾社長もディジット社の取締役になっている。しかも、合併発表前に両社の株価が急上昇したため、「情報が漏れたのではないか」という告発が証券取引等監視委員会にもたらされた。

また、ソフトバンク・ファイナンスグループを巡っては、ナスダックに上場している「イー・トレード証券」が、志村化工の株価操作事件で逮捕された仕手筋が同社の口座を通じて多額の売買をしていたとして、東京地検特捜部から家宅捜索を受けている。

今やナスダック・ジャパンには投資家が集まらず、身内の北尾社長からも批判の声があがっている。こうした数々の不祥事は、企業買収や事業の立ち上げには全力投球するものの、興味を失うとまったく顧みないという孫社長の経営姿勢に原因があるのではないか。

そして、孫社長が華々しく立ち上げたネットベンチャー投資の中でも、一顧だにせずに投げ捨てた顕著な例が「スピードネット構想」である。


初出:孫正義 色褪せた錬金術師『文藝春秋』2002年6月号