孫正義 色褪せた錬金術師『文藝春秋』Part2

孫社長は、カリフォルニア大学のバークレー校在学中に、自動翻訳機を開発したり、日本のインベーダーゲームをアメリカに輸出するなどして、億単位の金を稼ぎ出した。帰国して日本ソフトバンク(当時)を設立。「この会社を豆腐屋のように、売り上げを一兆、二兆と数えられるように・・・」と、二人のアルバイトを前に演説したという。

創業から現在まで、ソフトバンクの本業は、パソコンソフトをメーカーから仕入れて家電量販店などに流す「卸し業」である。一時期は、国内のパソコン用ソフトウェア流通の約六割のシェアを握っていた。その地位は、日本のパソコン業界では先駆的なベンチャー経営者だったアスキーの西和彦氏と文字通りの「死闘」を勝ち抜いて築いたものだ。

『孫正義 起業の若き獅子』(大下英治著)によると、ソフトバンクはパソコン雑誌『アスキー』から広告掲載を拒否され、孫社長は「それなら、うちがみんなに負けない雑誌を出してみせる」と決意して、みずからパソコン雑誌を創刊する。さらに西氏が、家庭用マイコンの統一規格としてMSX構想を提唱すると、孫社長は「西のマイクロソフト社だけが独善的に支配権を握ることは許せない」と反旗を掲げるまでに加熱した。

ソフトバンクの前史を振り返ると、孫社長が、ライバル企業や既存の勢力を打ち破ろうとするとき、過激なまでの「敵愾心」を露わにすることが分かる。そして、一般にはパソコン業界やIT業界の旗手と言われながら、孫社長の経歴に「モノ作りの経験が皆無」だという点が注目される。学生時代の自動翻訳機も、学内で専門家を募って開発したもので、彼は事業計画と売り込みを担当したに過ぎない。彼の商売は、常に誰かが作った商品を右から左に売り払うというものに他ならないのだ。

この地味な卸業者だったソフトバンクが、突如、投資会社としてその性格を一変させるのは、九五年に野村證券の事業法人三部長からスカウトした北尾吉孝氏(現ソフトバンク・ファイナンス社長)が常務に就いてからである。九六年、米ジフ・デービスの出版部門を約千八百億円で買収。テレビ朝日株の二一パーセントを約四百億円で取得して、ニューズ社と衛星放送ビジネスに乗り出すことを発表し、日本中の度肝を抜く。その驚きが覚めやらぬうちに、今度はメモリーボードメーカーの米キングストン・テクノロジーを約千三百億円で買収する。この三千五百億円もの巨額買収に明け暮れた二年間で、「孫正義」の名前は世界中に知れ渡った。

ところが、この時期に世上を揺るがしてまで買収した企業をわずか三年で手放してしまうのだ。キングストンは、約八百億円の損失を出して売却。ジフ・デービスの出版部門は実に一千億円も安く売り払った。とくにジフ・デービスの出版部門は、一度はアメリカの投資会社との競争に負けて買収に失敗した後、孫社長が、その投資会社の会長を口説いて奪い返した会社である。その時、孫社長こう語ったという。

「いずれ売るんでしょう、いつまでもずっともっておくというのではなく・・・ぼくは売り買いで儲けるということではなく、人生のなかでどうしてもこの分野は避けて通れない。しかも、ウィリアム・ジフがつくった偉大なる出版社に共感をおぼえています」(前掲書)

この言葉を吐いた人物が、アッという間に企業を売り捨てる。この変節漢ぶりは理解に苦しむ。孫社長は、創業期のような情熱とライバル心で買収をしても、会社を継続して経営していく意識が低く、興味を失うと使い古したボロ雑巾を捨てるように手放してしまう。

これは衛星放送のスカパー社の日本テレビへの売却でも同じだ。スカパー社の細田泰社長の話からも、孫社長が衛星放送ビジネスに興味を失っていたことを窺い知ることができる。

「少なくとも、私が社長になってからは、ソフトバンクさんが経営面に関与することはありませんでした。あくまでも何パーセントかの株主ということです。もちろん創業者としてリスペクトしていますが、それ以上(の事業上の関係)は無いです。(株式売却について)通知はありました。もちろん孫さんからダイレクトに話しはありません。株式を売却されるのは残念ですが、先方の事情もあって仕方がないのでしょう」

スカパー社は、今期二百五十億円の経常赤字になると報道されている。孫社長にとって、利益を生み出さない会社は立て直す以前に、売り払う対象でしかないのだろう。孫社長の友人で、元マイクロソフト社長の成毛眞氏(インスパイア代表)は、このように見る。

「孫さんは投資家ではないです。投資とは、ファンドを組成して五年や七年のタームでポートフォリオを組み、それぞれリスク分散をして投資先を決めていくという科学的なものです。彼の手法は、普通のベンチャーキャピタルやプライベートエクイティとは違う。あえて言うなら、ロングタームブローカーでしょう。会社という商品を仕入れて、三年から四年で第三者に売る。つまり、卸し屋さんの発想なんです。だから彼にとっては非常に正当な商売なんですよ」

孫社長が、キングストンやジフ・デービス、スカパー社から急速に興味を失ったのは、同じ時期に投資した米ヤフーが米ナスダック市場に上場し、巨額のキャピタルゲインが転がり込んだことが多く影響している。その後、「ネットベンチャー投資」へとのめり込んでいくのだ。


初出:孫正義 色褪せた錬金術師『文藝春秋』2002年6月号