孫正義 色褪せた錬金術師『文藝春秋』Part5

昨年夏からスタートした「ヤフーBB」のADSL(非対称デジタル加入者線)を用いたブロードバンドサービスは、孫社長にとって「最後の賭け」になるだろう。これまでのソフトバンクのビジネスは、商品や会社を右から左に流すだけで、華はあっても実がない〝虚業〟に近いものだった。巨額の有利子負債を抱えたソフトバンクには何よりも「現金」が必要である。失敗すれば「身売り」という選択肢すら現実的になってくる。

孫社長は、スピードネットの過ちを繰り返さないため、ヤフーBBの立ち上げでは周到な用意をした。それは、経営危機に陥った「東京めたりっく通信」の買収劇の舞台裏をみるとよく分かる。東めた社は、日本ではじめてADSL事業をスタートさせたブロードバンドの先駆者で、技術者集団が作り上げたベンチャー企業である。東めた社の元社長、東條巌氏が当時を振り返る。

「孫ちゃんが買収に関心を持ったのは、東めた社の経営危機が新聞で報道された後です。我々も時間的なリミットに迫られ、総額十一億円という非常に安い値段で売却する結果になったのです。私は売却の時に、『東めた社のユーザーは最初にブロードバンドに入った宝物だから、彼らを失望させないで欲しい』『社員をクビにしないで欲しい』と二つのお願いをしました。孫ちゃんは『大事にしていきます』と言いましたが、同時に『自分のために買ったんです』とも付け加えました。今考えると、『会社を部品として解体していく』ということの含みだったんでしょう。まさか、あの直後にヤフーBBを立ち上げるとは夢にも思いませんでした・・・」

孫正義 色褪せた錬金術師『文藝春秋』Part4

ソフトバンク、東京電力、マイクロソフトの三社が手を組んで乗り出した無線インターネット接続サービスの「スピードネット」は、「ベンチャーと重厚長大産業が手を結んだ」と、ネットバブル真っ只中に大々的に発表された。

孫社長は、小中学校に十年間の無料サービスを提供すると言い、「東電のファイバー網を使うのだから、高額の回線使用料を払わなくて済む・・・もちろん、我々は慈善事業者ではない。ユーザーのすそ野の拡大が狙いだ。偽善ではなく、二、三十年先をみて、最も重要な見込み客に“試食品”を提供するようなものだ」(九九年八月十四日、日本経済新聞)と、将来構想を語っていた。

しかし、事業パートナーである東京電力の荒木浩会長自身、実は孫社長と顔を合わせたのは記者会見で同席した時が二度目だった。つまり両社のトップは発表までたった一回しか会っていなかったという。荒木会長は、この会見を「拙速だった」と回想する。

「もともと我々も、電柱を生かしたインターネットビジネスが出来ないかと模索していたのです。そこへ孫さんが、『電柱を貸してくれませんか』と飛び込んで来たのです。とにかく当時は、錬金術の人物として名前が売れていたし、飛ぶ鳥を落とす勢いでした。我々にはハード面の経営資源がある。孫さんからはソフトの成型支援があるのだろうと、私は考えたんです。それで思惑がマッチしたわけですが、彼はスピードネットを政府のIT戦略会議でブチ上げたかったんですな。それで記者会見を急いんです」

孫正義 色褪せた錬金術師『文藝春秋』Part3

ネットベンチャー投資に専念すると決めてからの孫社長の猪突猛進ぶりは凄まじい。米シリコンバレー在住のベンチャーキャピタリストはこういう。

「ちょうど九八年頃からです。ITやネットビジネス系のアメリカ企業に、孫さん本人が乗り込んできて経営者をかき口説くんです。『ソフトバンクの資本が入れば真っ先に日本市場に参入できる。是非とも出資させてくれ』と、一日に何社も回る。「なんとかドットコム」「イーなんとか」という社名なら何でもOKという勢いでした。もっとも我々は、企業を育成する投資というより、全ての出走馬に有り金を注ぎ込む『イージーマネー』という見方をしてました」

「インターネット財閥」や「時価総額経営」、さらにアメリカで成功したビジネスを時間差で日本に持ち込めば必ず成功するという「タイムマシン経営」といった聞きなれない言葉が飛び交い始めたのはこの時期だ。そして、ベンチャー市場「ナスダック・ジャパン」の創設にも成功する。先の成毛氏の「卸業者的な投資」という見方をするなら、「ナスダック・ジャパン」は、いわば会社という商品を販売する量販店である。

投資先の株式公開で、ソフトバンクの資産が膨張していく--「時価総額経営」なるものが成功したかに見え、最盛期の時価総額は二十兆円になった。ところが、肝心の仕入れた商品(企業)の質の低さが露呈して、今や時価総額は六千八百億円にまで萎んでいる。今年になってからも上場させた企業の「不良品」騒動が続出している。

孫正義 色褪せた錬金術師『文藝春秋』Part2

孫社長は、カリフォルニア大学のバークレー校在学中に、自動翻訳機を開発したり、日本のインベーダーゲームをアメリカに輸出するなどして、億単位の金を稼ぎ出した。帰国して日本ソフトバンク(当時)を設立。「この会社を豆腐屋のように、売り上げを一兆、二兆と数えられるように・・・」と、二人のアルバイトを前に演説したという。

創業から現在まで、ソフトバンクの本業は、パソコンソフトをメーカーから仕入れて家電量販店などに流す「卸し業」である。一時期は、国内のパソコン用ソフトウェア流通の約六割のシェアを握っていた。その地位は、日本のパソコン業界では先駆的なベンチャー経営者だったアスキーの西和彦氏と文字通りの「死闘」を勝ち抜いて築いたものだ。

『孫正義 起業の若き獅子』(大下英治著)によると、ソフトバンクはパソコン雑誌『アスキー』から広告掲載を拒否され、孫社長は「それなら、うちがみんなに負けない雑誌を出してみせる」と決意して、みずからパソコン雑誌を創刊する。さらに西氏が、家庭用マイコンの統一規格としてMSX構想を提唱すると、孫社長は「西のマイクロソフト社だけが独善的に支配権を握ることは許せない」と反旗を掲げるまでに加熱した。

孫正義 色褪せた錬金術師『文藝春秋』Part1

昨年、大ヒットした冒険ファンタジー映画『ハリー・ポッターと賢者の石』に、〝賢者の石〟の力で不老不死の魂を得たニコラス・フラメルという魔術師が登場する。実は、このフラメルは十四世紀のフランスに実在した錬金術師で、彼がつくった賢者の石を使うと水銀を金に変えることができたという。十五世紀のヨーロッパでは、賢者の石を作ろうと様々な実験をした結果、物質の融解、蒸発の仕組みが解明され、フラメルの名は中世ヨーロッパの化学史を語る上で欠かせない存在になった。

ソフトバンクの孫正義社長は、この伝説の錬金術師とどこか似ている。