「かんぽの宿問題」は〝子供の喧嘩〟に過ぎなかった

半年以上も燻っていた「かんぽの宿問題」は、鳩山邦夫の総務相更迭、西川善文の減給処分と社長留任で決着した。この決定が政治的に正しいかは分からない。筆者は、かんぽの宿のオリックスへの一括売却についての見解を二月中旬に書いたが(かんぽの宿のオリックス一括売却は「問題」か?)、その後、何らの新事実も提示されず、「疑惑ごっこ」のまま終焉した。過去、地方の温泉リゾートを投資ファンドなどが買収した。買収価格などは公表されていないが、その中には「1円」「100円」などという金額もあった。温泉旅館を壊してオフィスビルを建てるわけにいかない。飽くまでもリゾート施設として追加投資をして、雇用も維持し、再建するとなれば、赤字事業に値段がつかないのは、再生ビジネスでは当り前のことだ。捨て値で手放した銀行は、不良債権を処理してオフバランス化するメリットがある。「安すぎる」という批判は、あまりに的外れである。

かんぽの宿問題では、報道を批判する声も多かった。マスメディアは、単純な対立構図や、分かりやすい悪者追及に流されがちである。しかし、極端な「レッテル貼り」をして、自分と意見の異なる政敵を悪者扱いし、マスメディアを煽り立てる手法は、郵政民営化の際の小泉純一郎の常套手段だった。2005年8月の「郵政国会」から翌月の「郵政選挙」にいたる過程で、少しでも竹中プランに基づく郵政民営化法案に異を唱えただけで、「反改革派」「郵政利権温存派」と言われ、法案に反対・棄権すると「造反議員」として国賊扱いされたことは、誰もが覚えているだろう。小泉は、テレビがこのような単純明快な「悪者の色分け」を好むことを知悉した上で、「正義の改革派」を演じていた。議論も許さず、有権者と国会議員に「賛成」「反対」の踏み絵を強要した。根拠のない憶測だが、「郵政事業について改革は不可欠だが、竹中プランの全てに賛同しているわけではない」という議員や有権者が最も多かったのではないか。今回は立場をかえて同じことが行われただけだ。(余談だが、こうした幼稚な〝勧善懲悪報道〟が、テレビの視聴率低下、週刊誌の部数低迷の一因だと考えている)

筆者は竹中プランでの郵政民営化には「反対」である。郵政は「解体」するのが正しい選択肢だと考えている。郵政は、電電公社のような圧倒的なインフラと技術力を持つ独占企業ではない。郵便も貯金も簡易保険も、民間に侵食され続けている。かんぽの宿などの不採算事業を抱えているが、国鉄のように「破綻寸前」に追い込まれているわけでもない。しかし、分社化して株式公開を目指すなら、それぞれが民間企業と伍して戦うことになる。勝てる戦いとは思えない。勝っても「民業圧迫」と批判される。それならば、事業や部門ごとに民間に売るほうがいい。それも慌てて2、3年で売却する必要はない。「郵政清算事業団」のようなものを作り、10年かけて「解体」という名の民営化をすれば、職員の再雇用支援も、不採算部門の廃止・売却も、経済環境を見ながら柔軟に判断することが出来る。電電公社や国鉄と違い、「郵政でなければ出来ないサービス」は非常に少なくなっている。かつて郵便事業は国家が管理すべき公共のインフラだったが、通信手段の多様化や民間のサービス向上などで、比較優位性を失った。

しかし、絶対に手放してはならない日本郵政の最大の財産は、全国に張り巡らされた郵便局のネットワークと窓口、質の高い職員、そしてブランド(信用)である。従って、今後、ビジネスの中核になるのは現在の「郵便局会社」だ。旧特定郵便局を含めて2万4000局という日本最大の店舗網は、セブン-イレブンの約2倍であり、他を圧倒している。既にコンビニとの併営がスタートしているが、DVDレンタル、携帯電話販売、チケットや金融商品の取次業務など、今度も多様に事業を展開できる。将来、このネットワークに乗せるサービスに、民間宅配業者からの業務請負があってもいい。その頃には、郵貯の残高も減り、郵便の取扱高も大幅に減少しているかも知れない。そうなった時点で、残った事業を民間金融機関や宅配業者に売却し、信書と葉書、EMSだけを請け負うようになってもいいのではないか。

2005年に郵政民営化関連法が成立してから、取材で国会議員や官僚に会うたびに、上記の「解体論」を主張してきた。そうした中で、「職員の再就職を支援して『解体』するほうが、竹中プランの民営化よりも無駄がない」と、一定の理解をしてくれたのが、意外だが「郵政造反組」で元郵政官僚の長谷川憲正(国民新党)だった。筆者は、国会議員や官僚、日本郵政の幹部の中に、郵政民営化を通じて「日本の競争力を低下させたい」「不況を悪化させたい」「外資に日本を売り払いたい」「自分の利権だけを温存したい」などと考えている人間は一人もいないと信じている。(建前でも、そう信じなければ議論にならず、子供の喧嘩にしかならない)国会議員が、仮想敵に戦いを挑んでみせるのも政治手法の一つだろう。しかし、「民営化賛成派」は「外資の手先の売国奴」で、「民営化反対派」は「郵政利権に巣食う国賊」などと次元の低い罵り合いをしながら正義の味方を気取っても、政治ショーの舞台にあがった道化にしか見えない。

郵政民営化関連法の成立は4年前だ。当時は資本市場も不動産マーケットも堅調だった。その後の金融危機や不動産市場の悪化は想定していなかっただろう。「2012年9月末まで廃止か売却」「雇用の維持に万全を期す」という状態では、当然に日本郵政は不利な戦いを強いられる。こうした厳しい条件下では、西川が「速やかな一括売却」を選択したのは真っ当な経営判断であり、止むを得ない。子供の喧嘩のような悪口合戦で、テレビや週刊誌を喜ばせるのではなく、マーケットが大きく変化した以上、法律の見直しも考えるべきではないか。環境の変化に柔軟に対応するのが改革である。ルールは人間が作ったものだから、常に不備があるのだ。

そして、あれから4年もたったのだから、「かんぽの宿一括売却」を否定する側も肯定する側も、郵政民営化の「賛成派」「反対派」という単純な対立軸から物事を判断しようとする「小泉の洗脳」から目を醒まさなければならない。