「頭取の首」竹中vs.UFJ攻防戦『文藝春秋』 Part1


一月二十四日未明。UFJ銀行の中村正人常務執行役員は、新聞記者からの一本の電話で叩き起こされた。

電話は、「日本経済新聞」朝刊一面に、『金融庁、UFJ調査へ 貸出先査定 内部資料を精査』というスクープ記事が掲載されると告げるものだった。既にこの段階で記事を止めることも内容を変えることも不可能である。日経記者からの電話は、企画担当役員である中村常務へ、新聞が配達される前の「事前通告」に過ぎないものだった。

二十四日に日経朝刊が出ると、他の新聞各紙も、記事の事実確認に動き出す。UFJ側は、「検査結果は昨年九月決算に反映済みで、過去の話だ」と、必死の火消しに回ったが、同じ日の夕刊には、『UFJ銀行に異例の検査』という見出しが並ぶ事態になった。

一日にして日本列島を駆け巡った「危機報道」によって、UFJ銀行は、週明けの米欧での永久劣後債発行の説明会をキャンセルし、起債そのものも延期に追い込まれる。不良債権処理と将来の税効果会計導入を見越した資本政策もご破算になってしまった。

「昨年秋の特別検査では、他のメガバンクが一ヶ月で検査を終えているのに、UFJだけは、二ヶ月近くかかって十月末まで金融庁と揉めていた。大口融資先の査定を巡って意見が食い違っていたのは分かっていたが、まさかここまで両者の関係が悪化しているとは思わなかった・・・」(全国紙・金融担当デスク)

日経のスクープに端を発した「危機報道」では、日々、様々な憶測や陰謀説が乱れ飛んだ。しかし、昨年秋の特別検査で、UFJ銀行の担当者と金融庁の検査官との間で、抜き差しならない「感情的な対立」が生じていたのは事実である。もっとも、その対立は、「金融庁vs銀行」という単純な図式では語れない。竹中平蔵金融担当大臣のプライドや金融庁幹部の禍根に、政治の思惑が重なり合い、さらにUFJ銀行内部の派閥抗争までが複雑に絡み合った結果のように思える。

その姿は、〝経済再生を主導する金融行政〟〝日本の動脈を支えるメガバンク〟といったイメージとは程遠い、「シナリオの無い暗闘」だった・・・。

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UFJ銀行は、〇二年一月に都市銀行の三和銀行と東海銀行が合併して誕生した、四大メガバンクの中で唯一の非財閥系銀行である。しかし、合併当初から、ゼネコン、流通、商社などに巨額の融資残を抱え、リストラと不良債権処理ばかりが話題になっていた。現在は総資産約七十兆円、従業員約一万八千人だが、メガバンクの中では、「虚弱体質の末っ子」という位置づけである。

昨年十月九日、金融庁の「実地調査部隊」は、何の前触れもなくUFJ銀行本店にやってきた。三時過ぎに現れた通称〝ジッチョー部隊〟は、本店審査第五部のキャビネットをはじめ、十五階、三階、地下四階の倉庫など、具体的な場所を「指定」して次々と調査を始めた。そして、段ボール箱にして百五十箱分の資料を、資料調査用に借りた本店九階の会議室へと「押収」していく。それは地検特捜部の強制捜査を思わせるほどだったという。

昨年秋の特別検査を仕切っていたのが目黒謙一統括検査官である。目黒は、高校卒業後、一貫して検査畑を歩んだ検査のプロで、銀行の審査部からは、「鬼の目黒」「検査原理主義者」と恐れられている。その名前は、〇一年三月に、東京三菱銀行の資産査定を厳格化させて、四兆円を超える不良債権を計上させた「東京三菱ショック」で知れ渡る。一昨年には、みずほフィナンシャルグループの検査を担当し、引当金の積み増しによって二兆四千億円の最終赤字に追い込むなど、数々の「勲章」を持っている。

こうした戦歴を誇る目黒を、多くのメディアは、「凄腕の切れ者」と書き立てているが、ある銀行の担当者はまったく別の見方をする。

「東北出身らしく朴訥で、喋り方も行動もゆったりした方です。ただ、自分の査定については頑として譲らない。粘り強いというより意固地といった方が当たっている。とにかく、何でも厳しく査定することが信条で、話し合いや駆け引きが通じない。論理的に反論しても通じないので、銀行側は諦めるしかない。少なくとも目黒さんには、適当なところで妥協しようとか、折り合おうという考え方が皆無なんです。単に、資産査定で、要監理先債権から破綻懸念先に蹴落とすことだけを目的にしているとしか思えません」

こうした悲鳴に近い声があがるのも、ここ数年、かつての護送船団行政の時代とは異なり、銀行と金融庁の関係が変化したからだ。通常検査で支店を訪れた検査補佐官が、非協力的な支店幹部に「シャッターを下ろして検査する権限もあるんだ」と恫喝する。パソコンを勝手に操作してメールをプリントアウトし、「何を見たんですか?」と聞いた途端、「じゃ、いらない」と言って、印刷したメールを見せずにシュレッダーにかける。文房具も全て金融庁から持参して、資料のコピーは一部だけ。もちろん、両者が会食するなどは皆無で、その日の検査が終わると、さっさと金融庁へ地下鉄で戻っていく・・・。

六年前の「大蔵省接待汚職」後の粛清で、腹を割った意見交換すら出来ずに溝が深まる中、昨年九月に送り込まれた目黒とUFJが真っ向から対立するのは、いわば当然の成り行きだった。

「目黒氏は、四千二百億円の融資残があるダイエーに最初から狙いを定めていたようです。もしダイエーの債務者区分を要監理先から破綻懸念先に落とせば、UFJは一千億円近い引当金の上乗せが必要になる。すでに一昨年の検査で、みずほはダイエーへの引当金を増額しているので、他行への影響も軽微です。しかし仮に、ダイエーへの引当が一千億円増えれば、UFJの自己資本比率はBIS基準の八パーセント割れ寸前に追い込まれてしまう」(金融担当記者)

そんな目黒の前に立ちはだかったのが、UFJ銀行でダイエーを始めとした大口融資先を担当する審査第六部の早川潜・常務執行役員だった。UFJにとって、ここで目黒に妥協すれば、他の大口融資先の査定で土俵際に追い込まれる。日商岩井、日本信販、ミサワホーム、大京、藤和不動産などの債務者区分の査定で一歩も引けなくなる。もはやギリギリの交渉である。

「銀行法にのっとって査定してるのか」「金融検査マニュアル通りにやるのか、それとも他に基準があるのか」

互いの主張が平行線を辿る中、先の「実地調査部隊」によるガサ入れが行われた。そして、〝売られた喧嘩は買う〟とばかりに、UFJ側は、十月十六日の特別検査の中間報告の席上に、録音、弁護士と会計士の同席を要求する。金融庁側は、録音は拒否したが、弁護士と会計士の同席を受け入れた。


初出:「頭取の首」竹中vs.UFJ攻防戦『文藝春秋』2004年4月号


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