「頭取の首」竹中vs.UFJ攻防戦『文藝春秋』Part4

実は、五味は検査局長時代に、自分の思い通りにならずに「禍根」となった銀行があったと言われている。それは、大和銀行(後のりそな銀行)、足利銀行、そしてUFJ銀行の三行だという。五味が検査局長をしていた時は、柳沢伯夫金融担当大臣-森昭治金融庁長官-高木祥吉監督局長の時代で、かつての「銀行馴れ合い行政」に逆戻りしていた。

「当時の検査で、大和、足利、UFJに引当金が足りないことは明白でした。大口融資先への金融支援でも、平気で債権放棄などの先延ばしを許してしまった。しかも、森金融庁長官自らが旗振りをして大和銀行とあさひ銀行を合併させて、りそな銀行を誕生させる始末。こうした甘い姿勢に、現場を知る五味さんは、忸怩たる思いがあったはずです。その後、りそなや足利が破綻したときには、あまりのショックで持病の痛風の発作が出たという伝説まである。一説には、UFJは過去の検査でも大口融資先絡みの資料を隠していたことがあって、五味さんの逆鱗に触れた事があるのです。五味さんにとっては、『何とかしたい銀行』の筆頭だと思います」(前出・金融担当記者)

その裁量行政の復古も長くは続かなかった。一昨年九月、「公的資金再注入も辞さない」という姿勢の竹中平蔵が金融担当大臣に就任する。五味にとって、厳格な査定という数年来の構想を実現するは願ってもない人物が大臣になった。こうして、UFJに「五味一派」でもっとも査定が厳しい男・目黒謙一が派遣されたというのだ。

「頭取の首」竹中vs.UFJ攻防戦『文藝春秋』Part3

さらに、「UFJ危機」問題を複雑にしているのは、金融庁に「UFJの倉庫に隠蔽資料がある」と伝えた「内部告発者」の存在である。金融庁が、正確な内部情報に基づいて、ピンポイントで資料を「押収」したのは先に触れた通り。つまり、UFJ内部にこそ、この危機騒動の引き金を引いた人物がいることになる。

UFJ銀行は、その前身である旧三和銀行時代から熾烈な派閥争いを繰り返す銀行として知られていた。特に、バブル後の渡辺滉会長と佐伯尚孝頭取の確執は有名で、人事や株主総会の時期になると、決まって相手を攻撃する怪文書が乱れ飛んだ。この両者が揃って退任する相打ち人事の後、今度は、室町鐘緒頭取の下で、望月高世専務と杉山淳二常務とのバトルが激化するというありさまだった。

「UFJ発足の時、、望月、杉山のいずれかがトップに立つべきだった。ところが望月が体調を崩して退任し、派閥抗争の一方を残すわけにいかずに杉山もアプラス(系列の信販会社)の社長に追いやられた。MOFに強い望月と、企画に強い杉山が抱き合い心中で、椅子の方から勝手にやってきて頭取についたのが、今の寺西正司なんです。彼は、MOF担も経験してないし企画にも疎い。現場に判断を任せるしかないが、肝心のMOF担も適任者がいないので、手も足も出ない」(全国紙・金融庁担当デスク)

ある金融関係者は「UFJ銀行は韓国政府のようだ」と表現する。政権が変わるたびに、旧政権の権力者を根絶やしにすることで勢力基盤を築くところが、韓国の政権交代とそっくりだという。しかし、こんなことを繰り返していては、当然のように組織が疲弊する。

「頭取の首」竹中vs.UFJ攻防戦『文藝春秋』Part2

十月二十七日、前代未聞の暗闘を繰り広げた「金融庁vsUFJ」の対決は、検査結果の最終報告をもって終了した。翌日、UFJ銀行は、他行から一ヶ月遅れの九月決算の上方修正を発表して、「秋の陣」は幕を下ろした。しかし金融庁内部には、ここで幕引きをしたくない勢力がいた・・・。

実は、昨年秋の両者の対立について、その詳しい内容は隠されていた。隠すというより、そもそも検査の内容が外部に漏れることなど、あり得ない。ところが、一月二十四日の日経スクープ以降、検査の日程などを記した二枚の「メモ」が出回り始める。

メモによると、十月九日に実地調査部隊が「隠蔽されていた資料」の場所を特定したのは、UFJ内部からの告発が発端だという。さらに、「D社についてのうわさ」などの一文を添えて、ことさらにダイエーの存在を匂わせたり、「検査を免れるため、組織的、意図的に資料の隠匿、改ざん等を行ったことが強く疑われる」「銀行法における検査忌避に該当するか否か」「組織性(特に役員の関与)の有無」と、それらしい文言が盛り込まれている。もっとも、この文書にはUFJがどんな資料を「隠蔽」していたのかは、記されていない。まして、作成者不明の箇条書きでしかなく、冷静に見れば単なる怪文書である。

しかし、メモには、当事者しか知りえない情報が記述されている。UFJが弁護士と会計士の同席を求めたことや、その日付などは事実と一致する。この文書が金融庁周辺から出たメモとすれば、「この問題は終わってない」という、金融当局の意思表示と読み取ることも出来る。

「頭取の首」竹中vs.UFJ攻防戦『文藝春秋』 Part1


一月二十四日未明。UFJ銀行の中村正人常務執行役員は、新聞記者からの一本の電話で叩き起こされた。

電話は、「日本経済新聞」朝刊一面に、『金融庁、UFJ調査へ 貸出先査定 内部資料を精査』というスクープ記事が掲載されると告げるものだった。既にこの段階で記事を止めることも内容を変えることも不可能である。日経記者からの電話は、企画担当役員である中村常務へ、新聞が配達される前の「事前通告」に過ぎないものだった。

二十四日に日経朝刊が出ると、他の新聞各紙も、記事の事実確認に動き出す。UFJ側は、「検査結果は昨年九月決算に反映済みで、過去の話だ」と、必死の火消しに回ったが、同じ日の夕刊には、『UFJ銀行に異例の検査』という見出しが並ぶ事態になった。

一日にして日本列島を駆け巡った「危機報道」によって、UFJ銀行は、週明けの米欧での永久劣後債発行の説明会をキャンセルし、起債そのものも延期に追い込まれる。不良債権処理と将来の税効果会計導入を見越した資本政策もご破算になってしまった。

金融恐慌下で荒稼ぎするモラルなき金融マンの手口と実名『週刊朝日』Part3

川端の「行方不明」が話題になり始めた頃、モルガン・スタンレーが、日本のメガバンクに支援を求めていた。みずほには、モルスタのジョン・マックCEOからみずほコーポレート銀行の齋藤宏頭取に直接依頼があったと言われる。

「齋藤頭取、佐藤康博副頭取、高橋秀行執行役の旧興銀出身者が、モルスタへの出資に前向きだった。しかし、1月のメリルへの1000億円の出資で評価損を出したことに加え、齋藤頭取の『路上キス』が写真誌に出た問題などで旧興銀系の発言力が低下していたこともあって、旧富士銀系役員の反対で、出資が見送られた」(みずほ関係者)

一方、三菱UFJフィナンシャル・グループには、モルガン・スタンレー・ジャパンから「融資枠」が欲しいという申し入れがあった。複数の関係者によると、仲介役は、モルスタ日本法人の結城公平副会長と見られる。

「結城さんは三菱銀行の出身で、GSの持田昌典社長ほどの派手さはないが、多くのディールを手掛けたトップバンカーです。2001年のアイフルのライフ買収では日本初の事業の証券化を成功させた。もっとも、このディールでは100億円以上も儲けて、アイフルの福田佳孝社長を憤慨させたという逸話もあります」(モルスタ元幹部)