巨艦みずほ失敗の本質『文藝春秋』Part3

統合直後、「みずほ証券」では、「副部長」という肩書きの社員が急に増えだしたという。これについて、みずほ証券のOBが解説する。

「証券は、一年早く合併したんですが、各行は統合でポストからあぶれた幹部クラスを送り込んできたんです。証券分野では、旧興銀証券が引き受け部門で一時トップに出るなど、人数も経験も富士、一勧より勝っていた。それで、富士、一勧は『興銀に牛耳られる』という危機感があったんでしょう。合併直前に人員を増やしたため、ポストが無くなったんです。それで副部長がたくさんいた。その他にも『上席部長』『部付部長』というポストが新設されて、三行で席を分け合うこともありました。しかし、そもそも仕事が出来なくて証券に回された人たちですから、上司といっても役に立たない。それぞれの人に根回しをしなければならないので、下の人間にとってもやりにくいだけでした」

こうした「母行意識」に根ざすポスト争いは、統合発表後のみずほの各部署で当たり前のように見られた。BKの大阪営業部は一部、二部、三部に分かれ、それぞれの部長を旧行で分け合い、部下も母行の営業部隊が直接移行した。海外でも同様で、昨年九月のテロ事件で富士のNY支店が被害にあったため、ミッドタウンの興銀NY支店で業務を集約しようとすると、一勧が猛反発して勝手にニュージャージーに拠点を移すという騒動があったという。取引先のメーカーの財務担当者は、外から見ても内部抗争をしていることが手にとるように分かるという。

「あるファイナンスの提案を、三行の担当者が別々に持ってくる。しかも、それぞれでレートが違うんです。どうも融資の主導権を握ろうと必死なんですね。それで、『一勧は三%だぞ』と言うと、慌てて富士もレートを下げたりする。彼らは、内側ばかりを見て営業しているんでしょうね」

もっとも、現場の行員が縄張り争いをするのも無理はない。銀行そのものを、大企業や投資銀行業務を担当する「みずほコーポレート銀行」(CB)、中小企業と個人口座の「みずほ銀行」(BK)の二つに再編分割した〝世界初の試み〟さえも、三行のポスト争いが原因だと言われているからだ。一勧出身のBK幹部がこう語る。

「統合後、持ち株会社のHD、CB、BKに三分割したのは、ポストを母体行に基づいて三等分するためです。お客さんにメリットが無いのと同様、我々とってもメリットはゼロです。CBという存在を熱心に推進したのが興銀幹部、特に西村さん(正雄、興銀元頭取)だと聞いてます。興銀は、リテールや支店営業の経験がない。金融債の発行と大企業への長期融資で儲けていたので、支店に出しても使いものにならないのです。率直に言って、CBは『興銀救済措置』とでも考えれなければ納得がいきません」

この言葉どおり、BKの支店に配属された旧興銀マンは若手を除けばほとんどいない。再編分割のメリットは何もない。こうして見ると、経営陣が、逆に現場の縄張り争いを煽っているようにも思えてくる。やはり「ガバナンスの欠如」が、みずほを蝕む最大の元凶である。

しかし、前田社長にかわって強力なリーダーシップを発揮できる「人材(エース)」は、西村興銀元頭取が断行した「西之原斬り」の煽りで、すでに去っている。西村氏の狙いは「三行融和のために一勧の突出は抑えるべき」というバランス感覚だったのだろう。しかし、結果的にはこの判断がアダになった。そのうえ今、前田社長の周りには、有力なブレーンが見当たらないという。システム障害での国会発言やマスコミ対応などを見れば、的確な助言ができる人物がいないことは明らかだ。今では、「西之原を残してでも、経営を担える小倉や池田を出すべきではなかった」(みずほ幹部)という声すら聞こえてくる。

「行内の混乱」「株価百円割れと「竹中ショック」という内外からの勧告を受け、みずほグループの経営陣は、ようやく「遅すぎた改革」に着手しようとしている。

十一月二五日に発表された「変革・加速プログラム」では、幹部行員を中心に五~二〇パーセントの年収削減と、早期退職の募集で二〇〇五年三月までに従業員を二万四千人に減らす計画である。本来なら、いずれも公的資金を投入された銀行として、今年四月の統合までに対応しておくべき課題だろう。


初出:巨艦みずほ失敗の本質『文藝春秋』2003年1月号


巨艦みずほ失敗の本質『文藝春秋』Part1
巨艦みずほ失敗の本質『文藝春秋』Part2
巨艦みずほ失敗の本質『文藝春秋』Part3
巨艦みずほ失敗の本質『文藝春秋』Part4