フジの看板・福井謙二アナと佐藤里佳アナが「商工ローン」でアルバイト『FRIDAY』








「本日の司会進行を務めさせていただきます、私、フジテレビの福井謙ニと」
「同じく、佐藤里佳でございます。どうぞよろしくお願い申し上げます」

98年9月12日、新高輪プリンスホテルの大会場「飛天の間」。荘厳なファンファーレとブルーのスポットライトが交錯するなか、壇上からフジテレビの看板アナウサーが挨拶する。 二人が並んで立つ前には、「株式会社商工ファンド」の社名・・・。

写真左は、『プロ野球ニュース』『料理の鉄人』で名を馳せた福井謙二アナ(46)と、フェエリス女学院卒の〝元祖お嬢様アナ〟佐藤里佳アナ(32)が、商工ローン大手『商工ファンド』(本社・東京都中央区、大島健伸社長)の「ファンドマン表彰式」で、揃って司会のアルバイトをした際に撮られたビデオの一場面である。

商工ローンは、「中小企業のサラ金」と呼ばれ、「利息制限法の上限金利を上回る融資」や「暴力的な取り立て」で、集団訴訟に発展し大きな社会問題となっている。9月に入って金融監督庁も本格的な指導に乗り出した。テレビ局の現職アナウンサーのアルバイト先としては、およそ相応しくない企業である。

「ファンドマン表彰式は年に2回、全国から優秀な営業成績をあげた社員とその家族を一流ホテルに集めて、大島社長自らが表彰する催しです。このイベントのビデオは、入社前の新入社員懇親会で繰り返し流され、新人のやる気を鼓舞するためにも使われます」(商工ファンド元営業マン)

もっとも、並大抵の努力では表彰台に上がることは出来ない。

「電話帳を見て一日に200本以上の勧誘電話をします。さらに上司から『今日中に追加融資700万円を達成しろ』などと無謀な命令が下り、顧客に『追加融資を受けないと融資残を即刻取り立てる』と無理強いしたり、なかには入院中のお客さんの手を取って契約させた例もある。まともな営業では、表彰されるような数字は達成できません」(別の元営業マン)

つまり、このイベントは「商工ファンド」の無謀な融資を奨励し、強引な取り立てを褒め称える式典と言っても過言ではない。この「反社会的なイベント」で、二人は、歯の浮くような美辞麗句を並べ立てたのだ。例えばビデオの一場面で、佐藤アナが、「表彰式には、商工ファンドを力強く引っ張ってきた方々が、全国より集ってきています!」 と言えば、福井アナも負けじと、「Mさんは、これで3回連続『準MVP』ということになりますが、私もさすがに顔を覚えてしまいました」 とオベンチャラ。

さらに、宴が最高の盛り上がりを見せる「ファンドマンMVP賞」の場面では、「荒れ狂う世界経済の中で、商工ファンドが挑んだ金融バトルを見事に支えた男。さぁ、ファンドマンの中で今期最も耀いた男が登場しました・・今、栄光のロードを踏みしめます」(福井アナ)

まるで、『料理の鉄人』の一場面を思われるハリキリぶりである。フジテレビは、報道番組『ニュースジャパン』で商工ローン問題を特集している。同じ局の、それもアナウンス室専任部長という重責にある福井アナらが、こんなアルバイトをしていることをどう考えているのか。

「福井は今年3月まで3回、佐藤は1回だけ商工ファンドの式典の司会をしました。しかし、商工ローンの問題が表面化したのは、一般的には今年の夏前ぐらいからですし、上司の許可も得てるので彼らの個人的な責任はないと考えています」(村尾誠太郎広報部長)

だが、実際には一昨年から週刊誌、経済誌などで商工ローンの問題が指摘されていた。要はフジテレビというテレビ局全体が無知無自覚だっただけの話だ。

深夜に帰宅した福井アナを自宅前で直撃すると、「もともと広告代理店からの依頼があって始めたのですが、今年の8月頃に(商工ファンドが)強引な取引をしていることを聞き、『エーッ』と驚いて今後の依頼は辞退しました。ギャラは高額じゃないですよ。50万円以下です。12時から20時くらいまで拘束されますし、驚くような金額ではありません。反省と言われても、結果的に問題企業になったというか、知った瞬間には手は打ちましたから、恥ずべき行為ではないと思います」

数十万円のギャラを受け取り、問題企業の営業マンを鼓舞していた男は、「知らなかった」と逃げるだけ。金銭感覚も倫理観も失ったフジテレビは、「共犯者」以外の何者でもない。


初出:フジの看板・福井謙二アナと佐藤里佳アナが「商工ローン」でアルバイト
『FRIDAY』 1999年10月1日号



追記:
2009年2月23日、SFCG(旧商工ファンド)が民事再生法の適用を申請し経営破綻した。負債総額は3380億4000万円という。(帝国データバンク)SFCGについては、これまで多くの記事を書いている。1999年には『週刊文春』の専属記者として下記の記事を取材執筆した。

■「沖田浩之も借りていた『商工ローン』地獄の取り立て」
(週刊文春 1999年8月5日号)
■「商工ファンドが自前の『探偵社』で債務者狩り」
(週刊文春 1999年10月14日号)
■「商工ローン『お歳暮リスト』をスッパ抜く!」
(週刊文春 1999年11月11日号)
■「商工ローン『献金リスト』に元警視総監、現職警部の名」
(週刊文春 1999年11月18日号)
■「商工ファンド申告漏れ『17億円減税』に国税庁大物OBが手を貸した」
(週刊文春 1999年12月16日号)

当時、商工ローンといっても一般には馴染みの薄い存在だった。彼らは、中小企業向けの事業ローンで急成長していたが、その実態は、帝国データバンクなどの信用調査資料から信用の低い業者を抜き出して電話営業をかけ、代表者や家族が所有する不動産などを担保に高金利の融資をするものだった。銀行の貸し渋りが原因で資金繰りに窮していた零細企業が飛びついたが、返済が滞ると「根保証契約」をたてに土地家屋を競売させて回収するという商売である。消費者金融と同様に「信用情報センター」(個人の借り入れ情報を管理する組織)に加盟しており、事業向け金融の名を借りた「高利貸しのサラ金」だった。

昨年、「サブプライム不安」で金融機関に出回る「危ない企業リスト」(『週刊新潮』2008年年5月15日号)でも取り上げたが、貸金業規正法の度重なる改正によって従来のビジネスモデルは成立しなくなり、一昨年から「破綻は時間の問題」と見られていた。99年の商工ローンバッシングの頃から、「銀行と商工ローンの中間の10%前後の貸付金利の金融機関が必要だ」と指摘されていたが、10年後の今も中小事業者向けの金融インフラは十分とは言えない。かつての「腎臓売れや」の悪徳企業がついに潰れたなどと、安易に喜ぶことは出来ないだろう。余談だが、SFCGの大島社長と親しいベンチャー企業の経営者に光通信の重田康光がいた。この時の商工ローン関連の取材を足掛かりに、翌年、週刊文春で光通信の記事を取材執筆することになった。