「奢れる巨像」日本経済新聞の自殺~鶴田卓彦前会長の絶頂と転落(文藝春秋)Part4

「社長に気に入られないと出世できない」という空気が蔓延する日経社内で、大塚は異質な存在だった。部下を厚遇して自分の味方をつくるような「鶴田流」の生き方とは対照的な記者で、誤解を承知で書けば、変わり者である。

「典型的な一匹狼です。取材相手の都合や下で動く部下の事情には、一切頓着しない。彼の関心は、『報道する価値があるか』という一点です。だから、どんなに親しく付き合っていた取材相手でも、『批判しなければならない』となれば、一転して追及します。上司と意見が合わなければ、面と向かって議論を挑みます。社内では、今回の行動に驚いた人より、『大塚さんなら当然だろう』と受け止めている人の方が多いと思う」(日経新聞デスク)

大塚は、「敢えて自分の会社を告発した」のではなく、「たまたま追及する相手が自分の会社だった」という程度の意識である。

一方の鶴田は、上司、部下、取材先、そして夜遊びの場でも、誰からも愛されようとして、傑出した「組織内浮遊能力」を発揮して社長に登りつめた。彼には、大塚のジャーナリストとしての「当然の行動」は理解不能だ。また「兜町新聞」をクオリティペーパーに育てた鶴田と、すでに大企業の日経に入社した大塚とは、会社に対する「思い入れ」も、決定的に異なるだろう。

日経OBの中には、「鶴さんも悪いが、大塚もやりすぎ」という声がある。しかし、実際に行動しない元幹部に、大塚を批判する資格はない。こうした中、鶴田と同期入社のS氏は、株主総会前に直接会って「退任」を勧めた数少ない日経OBの一人である。S氏と鶴田の間では、次ようなやりとりがあった。

「どうするんだ? 社内が動揺してるから、しっかり説明するべきだろう」
「動揺なんかしてない。大丈夫。部長を通してちゃんと話している。だいたい、説明って、何て説明するんだ!」
「不徳の致すところ、とかなんとか言えばいいだろう」
「悪いことなんかしてないのに、何で不徳の致すところなんだよ!」

 鶴田は、友人のS氏に強い口調で反論した。S氏が語る。

「二年前に二人で話した時、彼は『そろそろ辞めるつもりなんだ。だから、社長室をキレイにした。見てくれ』と言っていた。だから、『二年前に辞めるはずだったろう?』と言ったら、『事業でうまくいってないのがあって(オプティーマーク=電子商取引の子会社)、この担当が杉田だからすぐには社長にできなかったんだ』と釈明していました」

頑なに退任を拒み、株主総会も乗り切った鶴田だったが、五月十六日の臨時株主総会で、相談役に退かざるを得なくなった。退任は、小島明専務が、三日前の役員局長会の席上で、この問題に言及したことも一因だった。

小島専務はこう語る。

「私だけでなく、社内全体にそういう空気があったんだと思います。かなり長く、二十分ばかり演説しました。『若い記者たちが、厳しい状況の中で頑張っている。彼らの使命、燃える気持ちを大事にするなら、我々役員は、自分の危機管理を超えて、組織と仲間のためにも果たすべき役割がある。その役割を意識しない人がこの席にいる資格は無い』という趣旨のことを繰り返し言ったのです。それが、どこまで通じたかは分かりません。私は、この発言内容が会長に伝わると認識していましたし、『必要があれば会長の前でも同じことを話してもいい』とも発言しました」

もっとも、鶴田を退任に追い込んだのは、別の大きな理由があるという。ある日経幹部が言う。

「TCWの手形乱発問題では、日経が東京地検に告訴をしています。そして、司法関係者から、『本丸(日経本社)に強制捜査の可能性もある』という趣旨の情報がもたらされたらしい」

特捜部の捜査がどこまで及ぶのかは分からない。しかし、五月六日の常務以上が出席する「経営会議」でも、TCW問題が取り上げられた。鶴田は、「捜査情報」を受けて、会長就任から二ヶ月で辞任を迫られたのではないか。

だが、鶴田が相談役に退いても、日経の激震は終わらない。グループCEOという地位にとどまり続け、しかも新任社長は、新入社員時代からの「鶴田子飼い」だった杉田である。記者会見では、会長辞任の理由を、必死に「引責辞任ではない」と強弁していた。これでは今後、日経の記者は、不祥事を起こした企業トップの辞任会見で、何も言えなくなる。

さらに、総会屋の小川薫が撮影させたとされる「鶴田とKママの写真」が『週刊文春』に掲載された。一昨年春、小川は、鶴田腹心の島田昌幸常務らと日経本社で会い、写真の受け渡しが行われたという。日経は、「小川氏からの要求はすべて断った」と発表しているが、警察に被害届すら出していない。これまた、現場の記者は、総会屋問題の追及はできなくなるだろう。

「取材がやりにくくなっているのは事実です。コーポレートガバナンス(企業統治)やディスクローズ(情報開示)などの問題で質問をする時には、『ウチがこんなことを言うのは変ですが・・・』などと前置きをしなければなりません」(日経の証券部記者)

     ■     ■

辞任後、荻窪の自宅前で、秘書を従えて帰宅した鶴田に話を聞こうとすると、赤ら顔でこう話した。

「週刊誌はひどいな。間違ったことを書いてさ。悪いことなんか何にもしてないのに悪者扱いして。僕は、あの大塚ってのをよく調べた方がいいと思うな。あれがどんな人物かね。怪文書とか全部、あいつが書いてたんだな。あれ以来、怪文書が全然出なくなったからな」

いったい、この人物は何を思うとこのような発言ができるのだろう。よく言えば無邪気であり、悪く言えば、世の中がまるで見えていない。

鶴田が社長をつとめた十年間、日経の業績は必ずしも悪くはなかった。早々と従業員の自然減によるリストラを実施して収益力を高め、若いタレントを使ったCM戦略で、日経の堅いビジネス紙というイメージを和らげて、「就職活動には日経が必需品」という意識を定着させたのも大きな功績だろう。

しかし、身内ばかりを引き連れて赤坂や銀座で飲み歩いても、社内で何が起こっているかは分からない。鶴田が、否定的な情報から顔をそむけ、自分に都合の良い情報ばかりを欲しがったことが、子会社の不正経理問題を見抜けなかった原因なのは自明である。

彼は、他人に批判されることを嫌がり、そのような人物を遠ざける。そして、煽てられ、誉められることばかりを好む。フランスからレジオン・ド・ヌール勲章を授かったとき、子供のようにニコニコと喜んでいた。鶴田の最終目標は、新聞協会会長をへて「勲一等」の受勲だったという。しかし、その夢は霧消した。今度ばかりは逆転は不可能だ。

日本経済新聞社は巨大な企業組織である。鶴田の馬力だけで、一面の全ての記事を思い通りにすることができた時代は、とうの昔に終わった。トップの鶴田一人だけが、その事実に気づいていない。


初出:「奢れる巨像」日本経済新聞の自殺~鶴田卓彦前会長の絶頂と転落 『文藝春秋』2003年7月号


追記
この取材では文藝春秋のスタッフたちと多くの日経幹部宅に夜回り取材をした。ちょうど鶴田氏が退任した直後だったので、この問題を総括するために日経関係者が協力的に取材に応じてくれた。印象的だったのは、現役、OBを含めて、大部分の日経関係者が夜8時、9時には自宅でかなりの酒を飲んでいたことだ。中には「丁度いい飲み相手が来た」とばかりに家に招き入れ、酒を振舞う方もいた。おかげで4,5件も夜回り取材をすると、こちらが酔っ払うほどだった。日経の記者たちは酒豪ばかりなのだろうか・・・。


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