「奢れる巨像」日本経済新聞の自殺~鶴田卓彦前会長の絶頂と転落(文藝春秋)Part2

「なぜ鶴さんは、あんな風になってしまったのか。未だに信じられない」

若い頃の鶴田を知る日経OBたちは、週刊誌などで報じられる「独裁者・鶴田」像に揃って首をかしげる。

「彼が最初に配属されたのは、工業部(現在の産業部)でしたが、特ダネを抜いたり、人の裏をかくような取材はできなかった。文章も決してうまくなかったですが、コイコツと取材するタイプでした。水戸っぽらしく、昔のミッチーさん(故・渡辺美智雄氏)のようなしゃべり方で、兄貴分ぶるところもありましたが、誰もライバル視してなかった」(同期入社のOB)

入社当時の鶴田の夢は、多くの新聞記者が望むように、花形部署で働くことだったらしい。鶴田の下で働いたことがある日経幹部は、こういう。

「当時の工業部は、中小企業の取材が主でしたから、彼は経済部に行きたくて仕方がなかったようです。当時はいいコースだったワシントン特派員も希望して、それが出来ないと、ひどく落ち込んだそうです。夢がかなって、経済部に移ると、持ち前の馬力を発揮しました。鶴田さんは『書き魔』で、記事、タイトル、コラムまで全てを埋め尽くすほど出稿して、一面すべてを鶴田さんの記事で牛耳ったという伝説も残っています。スクープを連発する天才型ではありませんが、大蔵省キャップ時代は、朝も夜も厭わずに取材して、一週間に三~四本は一面トップを書いていたそうです」

もっとも、こうした記事の中には、脱線気味のものも少なくなったようだ。元部下によると、鶴田は、こんな自慢話を披露していたという。

「田中角栄蔵相の自宅に行って、『予算編成を単年度でなく歴年制にしてはどうですか。そうすれば大臣の地元でも、雪が積もっている間も事業を進められますよ』と提案したところ、角栄さんは『それは面白いな』と応じた。で、新聞の一面で『蔵相、歴年制に意向固める』なんてタイトルで記事(昭和三十七年八月十七日夕刊)にした。その後、後追い記事も出なかったし、当局は否定するレベルでしたが、当時は『日経段階』なんて言葉があって、要は日経新聞に載っただけでは、事実とされない時代で、多少、いい加減でも許されていたんです」

まだ記者の少ない時代らしい逸話だが、若い頃の鶴田は、「無骨な努力家」だったことが窺える。ところが、部次長(デスク)になった頃から、「野心」が芽生え始めたという。

「急に他人の人事にも関心を持つようになりました。彼は人の能力を見抜く才能があった。財政なら彼、この企画にはこの記者、という具合にコマを動かすの好きで、本人も、その才能に気づいたんでしょう」(鶴田と同期入社の日経OB)

デスクから経済解説部長になったときは、「これで(出世は)駄目だ」と弱音を吐いていたという。当時は、それほど良いポストではなかったため、日経の花形部署である経済部長になるチャンスが潰えたと思い込んだのだ。

鶴田が出世欲に目覚めた時期は、ちょうど日経新聞が大きな変革を迎えていた時期と一致する。

日経は、昭和三十九年に、本社を兜町から大手町に移し、「兜町新聞」からの脱皮を遂げる。そして、鶴田の入社当時から編集局長だった圓城寺次郎のリーダーシップで記事の質を向上させた。昭和四十三年二月、圓城寺が社長に就任し、「日経マグロウヒル(後の日経BP)の設立」「東京12チャンネル(現・テレビ東京)に経営参加」「新聞製作のコンピュータ化」「日経流通新聞、日経産業新聞創刊」と、矢継ぎ早に新事業や改革に乗り出し、今日の日本経済新聞の礎を築き上げる。

鶴田は、日経の部数が百万部を突破し、二百万部に迫っていた時期に、経済部長、編集局長を歴任する。局長時代の鶴田を、一期後輩の日経OBが語る。

「『私の履歴書』や『交遊抄』が載っている最終面のレイアウトを、現場判断で突然変えたことがあるんです。その時、鶴田さんは、『新聞のレイアウトは読者の風景に馴染んだものだから、勝手に変えてはいけない』と元に戻すよう、指示しました。またスポーツ面に、スポーツ紙がやるようなダジャレ的なタイトルをつけると、『口当たりがいいからと言って、安易に考えるな。ふざけた見出しは、一面から最終面までの日経の風合いを壊す』と注意をしていました」

圓城寺の薫陶を受けた鶴田が、編集局長として日経のクォリティを高める努力をしていたのは間違いない。社員の給料も、朝日新聞と比べて遜色がなくなり、逆に「地方支局への転勤が少ない」という理由で、日経を選ぶ新入社員も出てきた。毎年の新規採用者も、百五十人から三百人へと大幅に増えるなど、日経は「一流紙」になろうとしていた。

大塚氏が入社したのは、まさに日経が「黄金期」を迎えようとしていた、この時期である・・・。


初出:「奢れる巨像」日本経済新聞の自殺~鶴田卓彦前会長の絶頂と転落 『文藝春秋』2003年7月号


「奢れる巨像」日本経済新聞の自殺~鶴田卓彦前会長の絶頂と転落(文藝春秋)Part1
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