サブプライムで「花形外資バンカー」は難民と化した 『週刊新潮』 Part3

この事件の中心人物とされる「齋藤栄功」は、花形外資バンカーのスタイルを虚飾で装った男で、その転落ぶりは際立っている。

山一證券の個人顧客向け営業からスタートした齋藤は、日本インベスターズ証券、メリルリンチ、都内の信用金庫、三田証券と転職を重ねてきた。日本インベスターズ証券時代の上司が、こう語る。

「身長は百七十センチぐらい。声が小さく、当時は千葉県の葛西のマンションに家族と慎ましく住んでいた。ところが、アスク社を訪ねて驚いた。オフィスがマホガニー材で、出てくるグラスはバカラ。派手なスーツと数百万円はする高級時計をはめていた。映画に出てくるような投資銀行のバンカーの演じていましたが、外資にいたのに英語も話せませんでした」

昨年秋、齋藤は、明らかに〝現金〟を必要としていた。10月、目黒区にある地下室付きの豪邸に、極度額3億円の抵当権が設定されている。さらに、株式交換でアスク社の親会社になったLTTバイオファーマ(マザーズ上場)の株式を、「インサイダー取引になる」というLTT社幹部の静止を無視して、破綻申請直前に売り、四億円を手にしている。

この時点で齋藤の手元には、リーマンから〝騙しとった〟数百億円があったはずだ。なぜ、インサイダーの危険を冒してまで株式を現金する必要があったのか。実は、この謎を解く鍵も「証券化」にありそうだ。

「齋藤が三田証券時代にやっていたのは〝病院の診療報酬債務の証券化〟です。在籍していた三年間でやったのはこれだけです。最終的に総額十億円ほどのビジネスになっていました」(三田証券関係者)

三田証券を退社後も、アスク社の子会社やSPC(特別目的会社)を通じて病院の債権を買い取り、証券化や債権回収業務を続けていた。アスク社と取引のあった民間病院の事務長が言う。

「アスク社の関連企業に債権が移ると、債権回収が強引になった。中には、どう見てもサラリーマンとは思えないような人物も含まれていました」

結局、〝証券化〟という外資バンカーの花形ビジネスを真似事で始めたことで、逆に齋藤は躓く結果になったのではないか。

齋藤がリーマンから371億円を騙し取った時点で、医療再生ビジネスは、「架空取引で得た金を架空取引の分配金に回す」という形に変質していたようだ。いわば、リーマンというプロの投資銀行が、「ねずみ講」に騙された格好になる。

「リーマンのM氏は、個人会社を通じて6000万円も投資している。このビジネスの仕組は理解していたはずです。今までのファンドは、再生案件一つで1億円から2億円程度でした。371億円も入金されても、200件も300件も投資先の病院があるわけがない。なぜ、こんなことに気づかなかったのか」(アスク社元役員)

実際、そもそもリーマン代表の桂木が、丸紅の役員に電話で確認すれば、被害者になることはなかったはずである。

「リーマンのM氏は、イライラする程おっとりしていて、外資には珍しいタイプです。丸紅を訴えて、自分たちに落ち度があったということになれば、二度と日本の上場企業は取引してくれないでしょう」(米系投資銀行幹部)

プロの投資銀行が、齋藤という転落バンカーの「投資ファンドごっこ」「証券化ごっこ」の手玉に取られた時点で、市場での存在価値は失われたのだ。

そして、サブプラ危機で唯一無傷だった〝最強外資〟のゴールドマン・サックス(GS)も、アスク社の投資ファンドに出資していた。一回目の投資では分配金を受け取り、何も知らずに破綻寸前のアスク社に二回目の入金をしようとしていたのを、丸紅からの「入金するな」という連絡で踏みとどまっただけだ。

「GSもニューヨークからリストラの指令が出ましたが、持田さんがマネジメントコミッティに直訴して、中止になった。既に部下2人が投資ファンドのKKRに転職している。再来年の郵政各社の民営化の主幹事をとるには、西川善文社長と仲がいい持田さんの存在は欠かせない」(同)

リップルウッドの長銀買収、三井住友の巨額増資など、メガディールを手掛けてきたトップバンカーの持田も、マーケットでは、「郵政の主幹事獲得を花道にバンカーを引退する」という見方も出始めている。

   ■    ■

欧米の金融機関は、巨額増資や資産売却でなんとか凌いでる。

「サブプラ危機は、日本のバブルの4倍から5倍のスピードで崩壊が進んでいる。しかし、米大統領選挙が終わるまで公的資金は入れられない。しかも、大統領戦後には、イラク撤退が待っている。仮に底を打つとしても金融秩序の回復が始まるのは、早くても18ヶ月後でしょう」(欧州系投資銀行の幹部)

数年前まで日本で〝我が世の春〟を謳歌していた外資バンカーたちの厳しい冬は、これから始まるのかも知れない。


初出:サブプライムで「花形外資バンカー」は難民と化した 『週刊新潮』2008年5月22日号


追記:
この記事を書いた時、「外資難民」はせいぜい2~300人程度だった。しかしその後、2008年末までにクビになった投資銀行、投資ファンドの人間は優に1000人は超える。ゴールドマン・サックスも無傷ではいられず、11月には100人規模のリストラを余儀なくされた。それまで若手数名の退社で誤魔化していたが、社長の持田の部下として約120人の大所帯だった投資銀行部門もマネージング・ディレクターを含めてリストラを断行した。これから、さらに首切りが行われる可能性もある。リーマン・ブラザーズを買収した野村證券も多くの「元リーマン」を切り捨てている。買収直後は「雇用を守る」と明言していたが、おそらく野村は〝予定通り〟に人員を整理しているだけだ。

あおぞら銀行とフェデリコ・サカサ、ジェームズ・ミューディーについては、本稿の直後に出た『週刊ダイヤモンド』(2008年6月7日号)「相次ぐトップ交代、赤字転落-戦略なきファンド銀行の迷走」が詳しいレポートを掲載している。

アスクレピオスの巨額詐欺事件は主犯の三人が逮捕された。リーマンと丸紅の民事訴訟は、リーマンの破綻によって宙ぶらりんになっている。詐欺事件の初公判で検察が示した起訴事実によると、斎藤は詐取した金の使い道は、「不動産や高級車の購入」「複数の女性との交際」だという。しかし、俄かには信じがたい動機である。まだ数十億円の行方が判明していない。警視庁は、騙し取った金の行方を全額追跡することを放棄し、判明した分だけで立件したようだ。


サブプライムで「花形外資バンカー」は難民と化した 『週刊新潮』 Part1
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