外資系投資銀行の虚像と実像『週刊新潮』Part6

GSからMDクラスの退社が相次ぐ中、持田がターゲットにしたのが、「最後のバンカー」と言われる三井住友銀行頭取の西川善文(66)だった。

当時、三井住友は、「融三案件」という平和相互銀行やイトマン事件に絡んだ巨額の不良債権の処理に追われていた。さらに、銀行内部には、西川の独走を抑えようとする「旧三井」系の行員が蠢動し始めていた。こうした危機を見透かしたように、GSは千五百億円の増資の見返りに、年率四・五%の高額配当と、GSの欧米の顧客へ最大約二千五百五十億円の信用保証を手にした。世に言う「不平等増資」である。

この一回目の増資は、平成十四年夏、GSのIBDを中心に設置されたチーム「プロジェクト・サマータイム」が策定した。しかし、一回目の増資は、西川が、自ら弱みを曝け出した結果に過ぎない。「持田イズム」によって組織されたGSのIBDが圧倒的な強さを発揮するのは、二回目の増資である。

持田は、破格の好条件で提携を結んだ西川を信用し切っていた。横山が経営する西麻布のフランス料理店「P」で西川を接待し、「今まで、私とゴルフをしてくれる上場企業の経営者は、消費者金融のトップぐらいでしたが、西川さんは付き合ってくれる」と、喜んでいたという。

ところが、一回目の増資の払い込みが完了しない平成十五年二月初旬、GSに、「三井住友が、JPモルガンを通じて三千億円超の増資を計画している」という情報が飛び込んできた。

「旧三井系の人間が中心になって、JPモルガンに増資計画のマンデート(業務委託)を与えていたようです。ところが、JPが機関投資家に内々で相談したため、既に増資を公表していたGSに情報が漏れた。第一報を聞いた持田さんは明らかに動揺してました。〝西川に諮られた〟と思ったんでしょう」(GS関係者)

三千億円もの増資が実行されれば、GSの持ち株比率は稀釈化する。持田の「クビ」が飛びかねない事態である。持田は自らヘッドになって、約十名の「ミッション・インポッシブル3」という名のプロジェクトチームを即座に立ち上げた。

そして、GSのCEOのヘンリー・ポールソンが、衛星回線のビデオカンファレンス(テレビ会議)を通じて、「このままでは一回目の払い込みは難しい」と言って、西川を吊るし上げる一幕もあったという。

GSは、二週間という短期間で世界中の投資家から三千五百億円を掻き集め、三井住友の二回目の増資を奪い取った。この時、みずほフィナルンシャルグループは「一兆円増資」の一部をメリルリンチ証券に依頼していた。ところが、GSが市場を席巻したため資金が集まらず、ディールをキャンセルせざるを得なくなったのだ。

「これを聞いたみずほの首脳は、メリルの担当者に灰皿を投げつけて激怒したそうです。『竹中プラン』を受けて、みずほの行員が全国で頭を下げて一兆円を集めている最中、〝やっぱり駄目でした〟で済むほど投資銀行のビジネスは甘くないのです」(先の外資系投資銀行幹部)

GSは、JPモルガンとメリルを蹴散らし、名実ともに「最強外資」であることを証明した。この時こそ、敗北を続けていた邦銀に、ディールを通じて初めて「勝利」した瞬間だった。

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「最強外資」となったGSは、六本木ヒルズに移転した。IBDのトップである持田は会社からの迎車で、債券部トップのトーマス・モンタグは自宅から150キロの巨体をスクーターに乗せて通勤している。

「モンタグは稼ぐ人間には金を使い、稼がない人間には使わせない。ある種の恐怖政治を敷いてますが、マーケットを見る能力、人を使う能力は突出している。二人とも本部の『経営委員会』に入っているので、ニューヨークへも意見を言える。日本人の持田さんがトップに立ち、本部の方針に振り回され無いこともGSの強さの一つでしょう」(前出の外資系投資銀行幹部)

しかし、持田の地位が高まり、GSが「強さ」を発揮する一方で、「信用」が二の次になる振る舞いが目立ち始める。その代表的な例が「日本テレコム」案件である。

昨年、GSは、自らが保有する日本テレコムの株式をソフトバンクに売却する際、ソフトバンク側のアドバイザーとなった。つまり、売り手が買い手側にアドバイスするという、「利益相反」と批判されても仕方がない暴挙に公然と打って出たのだ。

「GSは二兆円を超える投資ファンドを保有している。こうしたプリンシパル・インベストメント(自己勘定投資)は、米国のGSが始めたことですが、米国では、ファンドへの投資を通じてコンフリクト(利益相反)を起こすようなアドバイザーには就かない。下手をすれば株主から訴えられるからです。その意味で、日本のGSは病的にグリーディー(強欲)です」(同)

GSは、「顧客第一主義」と口で言いながら、実際は日本市場や一般株主を「舐めている」ように見える。

「現在のGSのIBDは、カバレッジ(営業)バンカーが十人ほどで、その下にアドバイザリーグループが八十人ほどいます。カバレッジバンカーは、コーポレートファイナンスを卒業したシニアが就任する例が多い。その結果、〝持田イズム〟を理解したバンカーがピラミッドの頂点にいるので、仕事となると一糸乱れぬ軍隊的な強さを発揮する。ところが、持田さんの指令が最優先されるので、お客さんからは、〝どこを見て商売してるんだ?〟と思われることも多いのです」(外資系投資銀行幹部)

メリルリンチの網屋信介、ドイツ証券の結城公平、元モルガン・スタンレーの吉沢正道など、外資系投資銀行には「信頼できる日本人バンカー」がいる。しかしGSは、勝負にこだり続ける強靭な持田の顔しか見えてこない。

GSは、経営再建中の準大手ゼネコン「フジタ」へ410億円を出資した。さらに「西武鉄道」の買収へ照準を定めている。

しかし、こうした積極的な買収戦略は、まだ日本の市場で受け入れられていない。GSが一から立て直したゴルフ場ですら、「買い漁り」と言われてしまうほどだ。それは、日本テレコムなどのディールを通じて露見した「日本市場や株主を見下した」態度が原因ではないだろうか。

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持田の父・武雄は、家業の「メリノ」を廃業する際、下請け業者や納品先の百貨店に、一切の焦げ付きを発生させなかった。西武百貨店で「メリノ」の仕入れを担当していた萩本泰博が回想する。

「武雄社長の〝綺麗な廃業〟は、社内で話題になったほどです。その後、メリノの元社員が会社を作った時、西武の社員が一緒に工場まで行き、〝この方は信用できます〟と太鼓判を押したほどです。それほど武雄社長は尊敬され、信頼されていました」

持田の生き方は、父親とは対照的だ。アメリカナイズされた合理主義者でも、頭がいいだけのトレーダーでもない。むしろ、企業統治の手法も営業スタイルも極めて古典的な「日本流」である。

持田は、西川を接待した西麻布のフランス料理店で、深夜までカリフォルニアワインを飲みむことが多い。昼間、まりなじを決して部下を叱責している持田は、この店ではどこにでもいる50代のサラリーマンのようになる。チェーンスモーカーの持田は、セブンスターを次々に灰にしながら、

「俺が人から悪く言われてるのは分かってる。どうせお前も嫌いなんだろ」

と部下に嘯き、笑っているという。しかし、持田の口からは、言い訳も他人の悪口も出てこない。キレイ事を言って自分を正当化しようともしない。ただ、「勝つ」ことだけを目的に働き続けている。〝最も成功した日本人インベストメントバンカー〟と言われる持田は、実は、〝最も古いタイプの日本的経営者〟の生き残りなのかも知れない。

そして「独裁者」となった持田が退任するまで、GSが日本市場での信頼を得られなければ、「金儲けが上手いだけの尊敬されない外資」という評価に終わってしまうだろう。

(文中敬称略)

初出:「ハゲタカ外資の虚像と実像」(後編)『週刊新潮』2005年7月14日号


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