外資系投資銀行の虚像と実像『週刊新潮』 Part3


平成八年十一月。

ゴールドマン・サックス(GS)の日本人パートナー、江原伸好(53)=現ユニゾン・キャピタル社長=が会社を後にした。江原は、川島健資(51)=現メリルリンチ日本証券副社長=とともに黎明期のGSを支え、金融機関向けのカバレッジ(営業)を担当し、FIG(FINANCIAL INSTITUTION GROUP)のヘッドとして、十六年の長きにわたって「GSの顔」を務めてきた。

日比谷高校を中退して渡米。シカゴ大学でMBAを取得後、米系の金融機関で働いてきた江原は、長身でスマートな風貌と相まって、ウォールストリートの匂いがする外資系バンカーと呼ぶに相応しい人物だった。電電公社(現NTT)の政府保証債の米国での発行など、数々の実績をあげた江原は、邦銀の企画部や国際部では「GSで最も華のある信頼できるバンカー」と語り継がれている。

しかし、この〝信頼できるバンカー〟江原の退社は、GSが、「古き良き」投資銀行の伝統を脱ぎ捨て、狙った獲物を絶対に逃さない「最強外資」へと、その姿を変貌させることを暗示していた・・・。

江原退任の翌年、北海道拓殖銀行、山一證券が相次いで崩壊したのを契機に、「外資」による本格的な日本買いが始まる。彼らが橋頭堡としたのは、「不良債権ビジネス」である。その先兵となったは、不良債権が金儲けになることを知悉していた外国人バンカーたちだった。

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「なんだこのチンピラみたいな外人バンカーは?」

平成九年三月、東京三菱銀行が米国の穀物商社最大手のカーギルの投資子会社に不良債権の「バルク売り」をしたことを皮切りに、邦銀から吐き出される不良債権の外資による買い漁りが本格化した。

来日当時、日本人から「チンピラ外人」などと見下されていたのは、まだ三十代前半のソニー・カルシ、フレッド・シュミットの二人だった。二人は、モルガン・スタンレー(MS)の不動産投資銀行部に派遣された「外人部隊」だったが、当時の肩書きは単なるアソシエイト。つまり、投資銀行の中では下から二番目の地位である。

「MSは、ワスプ=WASP、アングロサクソン系プロテスタントの白人=が支配する貴族的な社風の会社です。カルシはインド系アメリカ人で、シュミットは日本人とのハーフ。二人とも非常に頭がキレる男でしたが、保守本流である投資銀行部門(IBD)はワスプが牛耳っていたので出世できない。彼らが大金を掴むためには、不動産ビジネスのような歴史の浅い仕事を手掛けなければならなかった」(MSの元社員)

カルシ、シュミットを含め、日本人スタッフら約二十人でスタートした不動産部隊は、恵比寿ガーデンプレイスのIBDと同じフロアに同居した。ところが「貴族階級」のIBDから嫌われてしまう。

「不動産部隊は〝カウボーイカルチャー〟で、昼間から大声を出して騒いだり、他人の机から勝手にCDを出して聴いたりするような連中ばかりだった。それで、六階に追い払われてしまうのですが、そこは〝シェル貸し〟という内装も何も無いタコ部屋同然でした。この部屋だけは、ウッドパネルで飾られ、美人秘書がいる外資系投資銀行とはかけ離れた、雑居ビルのような雰囲気でした」(前出・元MS社員)

タコ部屋でビジネスをスタートしたカルシとシュミットの二人は、当然、チンピラなどではなかった。カルシは、MSの不動産投資ファンド「MSREF(メズレフ)」を通じ、大京からの不良債権の買い取りを指揮した。シュミットは、世界最大の調査機関「クロール」の元エージェントという肩書きが示す通り、英語と日本語を自在に駆使し、不動産管理会社「KGI」の社長として、「どんな相手でも口説き落とせる男」とまでいわれた交渉力で、買い取った不動産の債権者や不法占拠者を整理した。

MSの不良債権部隊の戦略は徹底していた。日本の金融機関が不良債権ビジネスを手掛けられなかったのは、処理の過程で「裏社会」の人間との接触を余儀なくされたのも一因だ。そこでMSは、「ローカルパートナー」という肩書きで、債務者の追跡調査や「闇の勢力」との交渉を請け負う会社を雇い、汚れ仕事を外注してしまう。

余談だが、当時、筆者がMSのローカルパートナーである銀座の「D社」を取材をしていたところ、現役の朝日新聞の記者を使って、「お前、何をコソコソ嗅ぎ回ってるんだ!」と脅されたことがある。カルシやシュミットは、こうした企業を懐に抱き込むのを厭わないほど、不良債権ビジネスに賭けていた。

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平成九年春、GSのマネージング・ディレクターとして来日したダニエル・H・クリーブスは、不動産買収ビジネスを手掛ける日本人スタッフのリクルートをしていた。クリーブスは、日本経済新聞をスラスラと読むほど日本語が堪能で、GSが送り込んだ「日本買い」のヘッドとして、打って付けの男だった。

「もうすぐ長銀が潰れる。さらに生命保険会社も何社か倒産するだろう。我々は、すでに根回しをしてある。GSは東京中の不動産を買うつもりだ!」

面接に訪れた日本人を前にして、クリーブスが流暢な日本語で豪語すると、あまりの大言壮語に相手が呆気に取られることも少なくなかった。しかし、クリーブスの言葉は、半分は真実となった。日比谷の「やまと生命ビル」を買収したのは、クリーブスの部隊で、長銀も経営破綻した。

もっとも、肝心の「東京中の不動産を買う」という夢は、カルシが率いるMSの不動産部隊に阻まれた。平成十三年に千代田生命の破綻で売り出された広尾の「恵比寿プライムスクェア」の入札でMSに敗れてからは、GSが都心の不動産を勝ち取る例は目立たなくなってきた。一方のMSは、「ウェスティンホテル東京」を五百一億円、「品川三菱ビル」を千四百億円で買うなど、いまだに買収攻勢は衰えていない。

「MSは、買い取った商業ビルの証券化(CMBS)の総額が約四千億円になろうとしています。二位のみずほグループでもMSの三分の一以下で、GSは十位にすら入ってない。今、銀座で豪遊できるCMBSの営業マンは、MSの人間だけだというくらいマーケットを牛耳っています」(メガバンクの不動産ファイナンス担当者)

現在、MSのカルシ、シュミットの二人はマネージング・ディレクターに出世した。米系投資銀行で保守本流に入れず、必死で実績を築くことで「チンピラ」から成り上がった二人は、多くの日本人バンカーからも賞賛されている。

「カルシは、今は成功の証としてポルシェを買い、都心の高級マンションに住み、MSのアジア・オセアニアを掌握する不動産部門のトップに就任している。日本の銀行から不良債権を買い叩いて儲けたが、誰からも恨まれないナイスガイだった」(外資系投資ファンドの日本人幹部)

一方のクリーブスは、GSが六本木ヒルズへ入居する際、森ビルとの間で家賃の値下げ交渉を成功させたのを最後に退社した。クリーブスを知るGSの元社員はこう語る。

「クリーブスは冷徹なバンカーだった。日本語は堪能だったが、打ち解けて付き合っていた日本人は少なかったと思う・・・」

まったく同じ時期に巨大投資銀行の「外人ヘッド」として不良債権ビジネスを手掛けたカルシとクリーブスだが、その後の人生は違うものになりそうだ。

初出:「ハゲタカ外資の虚像と実像」(中編)『週刊新潮』2005年7月7日号


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