ゴールドマン・サックス持田昌典社長の「一人勝ち」葉山御殿発見『週刊現代』


神奈川県三浦郡葉山町。天皇家の御用邸がある有数の保養地として知られる葉山の海岸沿いに、巨大な別荘が建てられようとしている。別荘の持ち主は、〝最強外資〟ゴールドマン・サックス(GS)の持田昌典社長(51歳)である。

持田社長は、旧第一勧銀の行員からGSに転職し、激しい出世争いを勝ち抜いて社長に就任した。最近では、ソフトバンクのボーダフォン買収、楽天のTBS経営統合、日本航空の巨額増資など、M&Aの影の仕掛け人として金融界に名前が知れ渡っている。持田社長は、銀座や六本木の高級クラブでの飲食接待や、軽井沢の別荘での一泊食事付きのゴルフ接待などの派手な営業でも有名だ。また、経営危機に陥った企業に無理な契約を強いることから、「外資の帝王」とも言われる。

葉山に建築中の別荘も、まさに「帝王の御殿」に相応しい規模だ。この土地は、もともとソニーの社員向けの保養施設だったが、昨年十一月、楽天のTBS買収騒動の真っ最中に、持田社長が即金で購入した。

外資凋落-「長銀買収」リップルウッドが表した馬脚『週刊文春』Part3

そして、リップルの最大の成功ディールだったはずの新生銀行も迷走を始めている。その原因は、リップルと同じ「安易な外国人トップの起用」にあるようだ。

昨年6月、新生銀行再建の立役者で社内からも人望のあった八城社長が退任し、モルガン・スタンレー(MS)ジャパンの社長だったティエリー・ポルテが社長に就任した。だが、このポルテの評判がよくない。MS時代の部下が言う。

「ポルテは奥さんが日本人で、日本語が理解できるはずなのに、絶対に日本語で話さない。日本語だと議論で不利になるからでしょう。彼が得意だったのは、社内政治と経費の節減でした」

かつてポルテは、ゴールドマン・サックスのヴァイスプレジデントだった桂木明夫(現リーマン・プラザーズ在日代表)を、億単位の支度金を用意してMSの投資銀行部門のトップにスカウトした。

「桂木さんの招聘は、いわばトヨタの課長をスカウトして日産の役員にしたような人事。桂木さんは、父親が元代議士で、東大法学部卒で興銀出身と、肩書きは立派ですが、バンカーとしての実績は皆無に等しい。ポルテに反旗を翻す形で、MSの投資銀行部門では数名の有力バンカーが退社したほどです。その後、MSで不動産投資が会社の収益を支えるようになると、不動産ビジネスに批判的だったポルテは、社内で立場が弱くなっていった」(同前)

外資凋落-「長銀買収」リップルウッドが表した馬脚『週刊文春』Part2

三菱商事からリップルへ転籍し、ベンチャー企業投資を主導した安渕聖司は平成13年に退社、その後USB証券に移った安渕は、次々と巨額案件を手掛け、いまではGEコマーシャル・ファイナンス・アジアの副社長になっている。

「三菱商事や東京海上火災出身者の混成部隊で構成されたリップルの中で、安渕さんはディールソーシング(案件の発掘)が出来る数少ないバンカーでした。ところがコリンズは、週に何度も来日して自らディールを作り上げようとしていたので、安渕さんの退社を深刻に受け止めなかったんです」(リップル元社員)

平成14年には、リップルに在籍していた前出の河原も退社した。河原は、東芝時代の人脈を生かして日立と交渉し、日本コロムビア買収に成功してから、1年足らずでリップルを後にしたことになる。

「河原さんは、案件を右から左に流すバンカーではなく、経営者です。買収した以上、コロムビアの再建も手掛けたかったのでしょう。ところがコリンズは日本コロムビアに米国人トップを据えた」(リップル関係者)

さらに翌年、今度はシーガイア買収を担当した中村彰利がリップルを去り、産業再生機構の常務取締役となる。中村は、シティバンク時代の八城の部下で、リップルでは投資銀行を経験している唯一の日本人バンカーだった。

外資凋落-「長銀買収」リップルウッドが表した馬脚『週刊文春』Part1


「リップルは、もう過去のファンドだよ・・・」

いま、外資系投資ファンドの幹部からはこんな言葉すら漏れてくる。わずか5年前、まだ40歳を過ぎたばかりのアメリカ人バンカー、ティモシー・コリンズが率いる投資ファンド「リップルウッド」は、日本長期信用銀行(現新生銀行)に続き、シーガイア、日本コロムビアなど、経営危機に陥った日本企業を次々と買収した。

しかし、製紙会社の敵対的買収など、日本企業同士のM&Aが当たり前になったいま、リップルの名がメディアに取り上げられることは滅多になくなった。かつて、〝外資〟の代名詞として日本企業から恐れられていたリップルに、一体何が起こったのか。

平7年、コリンズはニューヨークで「リップルウッド・ホールディングス・LLC」を設立したが、その頃から明確に日本進出を目論んでいた。

外資凋落-不動産市場を牛耳るモルガン・スタンレーの暴走『週刊文春』Part3


S氏は、三井不動産からクレディ・スイスを経てMSに入社。今年、マネージング・ディレクターに出世したばかりだ。

「MSは、リートの目玉物件として魅力的な三大都市圏の一等地に優良物件を持っている。目玉物件はリート株価を左右しますが、昨年7月にプロスペクトが公募価格割れをしてから、物件至上主義よりも、多様な投資家層に支持されるポートフォリオを作ることが勝負になった。ところ。がS氏は、物件至上主義を捨てず、『ウチにはいい不動産があるよ』という営業を続けている」(不動産バンカー)

このS氏の営業手法が、森ビルからの「出入禁止」の原因だった。S氏は、森ビルのリートにも自社の不動産物件を売ろうとしたが、その価格が高過ぎたという。

「価格交渉をしている最中、S氏は森社長宛にメールを送り、『主幹事が欲しい』と、直接交渉を試みたようです。物件購入の見返りに主幹事を与えれば、利益相反になり、金融庁に咎められることも考えられる。会社を守るために森社長は『出入禁止処分』にしたのでしょう」(投資銀行バンカー)

外資凋落-不動産市場を牛耳るモルガン・スタンレーの暴走『週刊文春』Part2


平成15年末。MSのニューヨーク本社と東京オフィスの間で、重大な会議が繰り返された。「日本の不動産投資から撤退して利益を確定するか」「このまま日本で投資を続けるか」……。すでにMSは日本に1兆円規模の投資をしていた。撤退しても、自前のファンドの出資者である機関投資家には充分な還元ができる。しかし、最終的に「今まで以上に不動産投資のポジションを高める」と、いう決断が下された。

翌年1月、MSは「日本レジデンシャル投資法人」(日本レジ)の新規公開で、初めてJ-REIT(日本版不動産投資信託)で主幹事を務めた。日本レジの母体企業は、先のPMCである。

「この年から、三大都市圏の地価が急激に高騰した。そして、多くのデベロッパーがリート市場への参入を目指すと、大量のオフィスビルを保有するMSに、『物件を売って下さい』と頼むようになった」(不動産バンカー)

外資凋落-不動産市場を牛耳るモルガン・スタンレーの暴走『週刊文春』Part1


「モルガン・スタンレー出入禁止」

今年4月下旬、不動産バンカーたちの間に、不穏な情報が飛び交った。米系投資銀行「モルガン・スタンレー証券」(MS)が、森ビルから出入禁止処分を食らったというのだ。六本木ヒルズのオーナーでもある森ビルは都心に多数のオフィスビルを所有している。
「森ビルの森稔社長は、MSのティエリー・ポルテ元社長(現新生銀行社長)とも個人的な友人で、上海で建築中の世界量高層のビル『上海環球金融中心』のファイナンシャルアレンジャーをMSに任せるなど、密接な関係でした。情報はデマだと思ったのですが……」(投資銀行のバンカー)

ところが、ほどなくして「森ビルが公開準備を進めているリート(不動産投資信託)の主幹事からMSを外した」という続報が入ってきた。

外資凋落-最強外資 ゴールドマン・サックスの本性『週刊文春』Part3

外資凋落-最強外資 ゴールドマン・サックスの本性『週刊文春』Part3

日本国内でも、持田の後ろ盾だった男の存在感が薄くなろうとしている。日本郵政社長の西川の評価が、金融界で急落しているのだ。昨年11月、小泉純一郎首相と竹中平蔵総務相の後押しで鳴り物入りで日本郵政社長に就任した西川は、「リスクをとった者が成功する」と、外資の受け売りのような発言をするなど、やる気満々だった。

ところが、年明け早々から西川の求心力の無さが露呈してしまう。今年2月には郵政四事業の社長候補を決めるはずが、西川が誰に声をかけても返事は「ノー」だったという。

「民業圧迫と地銀から批判の矢面に立たされる仕事なのに、社長の収入が2000万円程度と安過ぎるのが一因です。西川さんには、メガパンクの役員クラスの招聘を期待されていたのに、誰も口説き落せない。郵貯銀行社長の有力候補は横浜銀行の池田憲人元常務でしたが、足利銀行の頭取に取られる始末。ようやく色よい返事をしてくれたのがUFJホールディングスの小笠原日出男元社長でした」(メガバンク幹部)

西川と小笠原は、全銀協時代から親しかった。ところが、難色を示したのは、三菱グループでも発言力が強い三菱東京UFJ銀行会長の三木繁光である。

外資凋落-最強外資 ゴールドマン・サックスの本性『週刊文春』Part2

そもそもGSと日航は、1000億円規模の巨題ディールを手掛けるほど親しい間柄ではなかった。GSのカンパニーエアラインは全日空で、出張で日航を使うこともない。

「日航は伝統的に、旧日本興業銀行と親しかった。また、西松さんの長男がみずほ銀行、娘さんがUBS証券に在籍していて、『国内みずほ』『海外UBS』のペアが多かった」(大手証券幹部)

ところが、UBS証券で日航を担当していたマネージングディレクター(MD)の安渕聖司が、今年、GEコマーシャルファイナンスのアジア統括の副社長に転職していた。

「安渕さんは、三菱商事からリップルウッドをへて、UBSでは運輸セクターと民営化部門のヘッドとして数多くのディールを手掛けた実力バンカーです。安渕さんの退社で、日航とUBSの間に一時的に空白が出来てしまった」(外資系投資銀行のパンカー)

この間隙にGSが入り込んだという。持田は周到に用兵したようだ。

GSのIBDには、飲食接待などの〝肉体労働〟と司令官を兼務する社長の持田の下に、〝頭脳労働〟を担当する三奉行がいる。三井住友の増資を手掛けた小野種紀、楽天によるTBS嫌買収などのM&Aのヘッドを務める矢野佳彦、金融部門以外を統括する小高功嗣の三人のMDだ。

外資凋落-最強外資 ゴールドマン・サックスの本性『週刊文春』Part1


長野新幹線の軽井沢駅から旧軽井沢方面に車で約10分。人目を避けるように、車道から20メートルほど奥まった場所に、真っ白な漆喰とベージュのレンガで彩られた二階建て瓦葺の瀟洒な別荘が建っている。

この地は、かつて旧華族の徳川家、細川家、そして田中角栄元首相などが別荘を構えたことで知られ、「軽井沢の中でも最上級の一帯で、坪単価4~50万円」(地元の不動産業者)と言われている。

別荘の門扉にはローマ字で「MOCHIDA」と書かれている。別荘の持ち主は、これまで日本における「最強外資」の名をほしいままにしてきた、ゴールドマン・サックス証券(GS)の社長、持田昌典である。平成13年に新築されたこの別荘では、週末になるとゴルフ接待を兼ねた「宴」が催されている。

外資系投資銀行の虚像と実像『週刊新潮』Part6

GSからMDクラスの退社が相次ぐ中、持田がターゲットにしたのが、「最後のバンカー」と言われる三井住友銀行頭取の西川善文(66)だった。

当時、三井住友は、「融三案件」という平和相互銀行やイトマン事件に絡んだ巨額の不良債権の処理に追われていた。さらに、銀行内部には、西川の独走を抑えようとする「旧三井」系の行員が蠢動し始めていた。こうした危機を見透かしたように、GSは千五百億円の増資の見返りに、年率四・五%の高額配当と、GSの欧米の顧客へ最大約二千五百五十億円の信用保証を手にした。世に言う「不平等増資」である。

この一回目の増資は、平成十四年夏、GSのIBDを中心に設置されたチーム「プロジェクト・サマータイム」が策定した。しかし、一回目の増資は、西川が、自ら弱みを曝け出した結果に過ぎない。「持田イズム」によって組織されたGSのIBDが圧倒的な強さを発揮するのは、二回目の増資である。

持田は、破格の好条件で提携を結んだ西川を信用し切っていた。横山が経営する西麻布のフランス料理店「P」で西川を接待し、「今まで、私とゴルフをしてくれる上場企業の経営者は、消費者金融のトップぐらいでしたが、西川さんは付き合ってくれる」と、喜んでいたという。

外資系投資銀行の虚像と実像『週刊新潮』Part5


平成十三年九月、ゴールドマン・サックス証券(GS)の持田昌典(50)は、港区白金の聖心女子学院に近い一等地に転居した。六百平米の土地に築いた三階建て総床面積八百五十平方㍍の大豪邸は、「土地だけでも約五億円は下らない」と言われる。ガレージには、新車価格千四百万円のイタリアの高級スポーツカー「マセラティ・グランスポーツ」が停まっている。

持田は、父の会社が廃業に追い込まれて家を失ってから、二十年の歳月を費やし、自らの手で「上流階級」の生活を取り戻すことに成功していた。

この時点で、「持田は百億円近い資産を築いた」(GS関係者)と言われている。GSの株式公開で、パートナー(共同経営者)として数十億円の配分を受け取り、NTTドモコ株の新規公開などのメガディール(巨大案件)を手掛け、巨額のボーナスを得ていたはずである。すでに「金儲け」のために働く必要はなかった。実際、GSの元パートナーの多くが会社を後にしていた。そして、「第一勧銀に廃業に追い込まれた」と言われる父親の武雄も他界していた。

外資系投資銀行の虚像と実像『週刊新潮』 Part4

不良債権部隊が派手な買収で利鞘を稼ぎ出していた頃、持田昌典=現ゴールドマン・サックス証券社長=は、GS東京支店長に就任していた。もっとも「支店長」とは名ばかりの肩書きで、NTTドコモの新規公開というGSの歴史に残る偉業を果たしたにも関わらず、持田の上にはマーク・シュワルツという「天下り外人」が社長として君臨していた。

持田が、さらに「白人の上」を狙うには、MSのカルシやシュミットと同様、実績を作る以外にない。IBDの実績は、「M&Aリーグテーブル」の順位によって決まる。「リーグテーブル」とは、アドバイザーとなった投資銀行や証券会社のランキングで、M&Aの取引金額の多い順に民間の調査会社が集計したものである。

「投資銀行が得るM&Aのアドバイザリーのフィー(手数料)は〝レーマン方式〟によって算出されます。例えば、取引額が三億円以下なら八%、三億円から五億円なら六%という具合に取引額に応じて成功報酬が増減する仕組みで、巨額のM&Aであればあるほど、投資銀行の懐に入る金額が増えることになります」(M&Aコンサルタント会社幹部)

持田が率いるIBDが、巨額M&Aのターゲットとして選んだのは、「銀行合併」のアドバイザーを請け負うことだった。そして、一勧、富士、興銀の三行が「みずほフィナンシャルグループ」へ経営統合する際のアドバイザーとなり、平成十一年のリーグテーブルで、GSは「日本企業が関わるアドバイザリーランキング」の取引額ベースでトップに躍り出た。

外資系投資銀行の虚像と実像『週刊新潮』 Part3


平成八年十一月。

ゴールドマン・サックス(GS)の日本人パートナー、江原伸好(53)=現ユニゾン・キャピタル社長=が会社を後にした。江原は、川島健資(51)=現メリルリンチ日本証券副社長=とともに黎明期のGSを支え、金融機関向けのカバレッジ(営業)を担当し、FIG(FINANCIAL INSTITUTION GROUP)のヘッドとして、十六年の長きにわたって「GSの顔」を務めてきた。

日比谷高校を中退して渡米。シカゴ大学でMBAを取得後、米系の金融機関で働いてきた江原は、長身でスマートな風貌と相まって、ウォールストリートの匂いがする外資系バンカーと呼ぶに相応しい人物だった。電電公社(現NTT)の政府保証債の米国での発行など、数々の実績をあげた江原は、邦銀の企画部や国際部では「GSで最も華のある信頼できるバンカー」と語り継がれている。

しかし、この〝信頼できるバンカー〟江原の退社は、GSが、「古き良き」投資銀行の伝統を脱ぎ捨て、狙った獲物を絶対に逃さない「最強外資」へと、その姿を変貌させることを暗示していた・・・。