メディア買収劇に見る外資系投資銀行の実像『Foresight』Part2

一方、「楽天・TBS」の攻防劇は、楽天がGS、TBSがメリルをアドバイザーに雇ったことから、「外資対決」として注目された。九月二日にポールソンが来日した理由を、楽天の幹部はこう語る。

「当時、楽天が買収を進めていた米国のネット広告会社『リンクシェア』側のアドバイザーに米国のGSが就任していたのです。交渉の過程で、楽天の財務状態と積極的なM&A戦略を知って、『有利子負債の圧縮のために増資したらどうか』と提案してきた。この時点では、TBS買収の話題はなかった」

「TBSは別」という説明が真実かは分からない。「持田がTBS買収をけしかけた」という説も有力である。しかし、二千億円の増資となれば、一・五~二%のフィー(手数料)として三十~四十億円の金がGSの懐に入る計算になる。ポールソンが、文字通り飛んで来たのも当然である。

GSは、冒頭のような「持田の接待営業」ばかりが有名になったが、接待だけでディールを奪えるほど投資銀行の世界は甘くない。IT企業の社長が証言する。

「数年前、当社の増資をモルガン・スタンレーと進めていた時です。この情報を聞きつけた持田さんが、その日ロンドンから到着したというGSのバンカーも一緒に、突然やってきた。彼らが説明するストラクチャーが、明らかにモルスタより優れていたのでGSに乗り換えました。持田さんは、普段は六本木のクラブで馬鹿騒ぎをしていますが、仕事の決断、行動は誰よりも早い」

強引、傲慢と言われながら、多くの企業がGSを頼る理由は、そのグローバルな資金調達能力にある。また、一般に「M&Aのアドバイザー」というと、「仕掛け人」には巨額のフィーが入るように思われがちだが、実際は違う。

「敵対的買収のM&Aのアドバイスの内容は、極論すると、どこの投資銀行がやっても大差はありません。また九九年のみずほの三行合併では、GS、メリル、アーサー・アンダーセンの三社に、それぞれ一千万円程度しか支払われず、それ以降、国内ではフィーのダンピングが恒常化しています」(外資系投資銀行幹部)

そこでGSは、巨額の収益が見込めるファイナンスの獲得を目指したのだ。これは投資銀行として当然の戦略である。そして、楽天がTBSの株式を十五%、十九%と買い進むと、「GSがバックにいる楽天の資金繰りは充分。敵対的買収も辞さない」という緊迫した空気が漂うことになった。

しかし、一方のメリルリンチは余裕だった。十一月四日、TBSの平本和生常務が楽天の国重惇史副社長に「今月中に統合提案について見解を示す」と伝えた日、メリルの幹部バンカーは、筆者にこう話した。

「楽天は、会社を潰すような戦略を取らない限り敵対的な買収は不可能だろう。そもそも、相手から具体的な株式交換比率の数字が示されないので、我々は動く必要がない。メディアの買収である以上、我々がやるべきことは他のメディアを敵に回さないことだ。世論が見方なら、ホワイトナイトも登場しやすくなる」

企業買収では、先にデッドライン(期限)を迎えるほうが敗れる。楽天は株価を危険に晒している以上、株価が下がれば資金調達が難しくなる。つまりTBS側は、延々と「答え」を先延ばしすることで、楽天を追い込んだのだ。楽天の幹部は、統合提案書に具体的な数字を書かなかったミスをこう弁明する。

「それは後講釈です。あの時点で交換比率を示したら、互いに相手の問題点を指摘するような争いになっていたはず。我々は、そのような対立を望んでいなかった」

いずれにしろ、メリルに「何もしない」という格好の口実を与えてしまったのが、致命的だった。

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この時、GSが何をしていたか。実は、提案書の作成にすらGSは関与していなかったらしい。単に「豪腕バンカー持田」という名前だけが独り歩きし、敵対的買収への期待から、闇雲にTBSの株価が急上昇しただけだ。

これが米国のGSなら、政財界の中枢に張り巡らせたOB人脈を通じて、様々なロビー活動を行い、世論を味方につけていただろう。しかし、日本のGSは違った。財界、金融界に人脈が豊富だった江原伸好、川島健資、槇原純といったバンカーは、持田との「激闘」の末に退社している。「GSジャパンの良心」と言われ、興銀副頭取からパートナーに就任した石原秀夫元会長も七年前に亡くなった。現在の足助明郎会長だが、旧住友銀行出身で、GSが三井住友の大株主であることを考えると、「天下り会長」という印象を拭い切れない。

持田が親しい経営者と言えば、NTTドコモの立川敬二元社長、ソフトバンクの孫正義社長、イー・アクセスの千本倖生会長などが挙げられる。しかし、ドコモは海外投資の巨額損失以降はGSとは距離を置いており、孫、千本の二人は元を正せばマーク・シュワルツ前社長が築いた人脈である。盟友の三井住友銀行の西川善文前頭取は、TBSの社外監査役も務めており、身動きが取れない。結局、孤立無援の持田がやったことと言えば、TBS側の代理人に、「楽天は本気だ」と恫喝する稚拙な戦略で、墓穴を掘っただけだった。

あえて何もしなかったメリルと、何も出来なかったGSとの差は余りにも大きい。メリルの読み通りにみずほコーポレート銀行の齋藤宏頭取が仲介に乗り出し、一方のGSは、「敵対的買収」を恐れた大和SMBCが及び腰になって、グローバルオファリングが棚上げにされた。もっとも、両者とも〝何もしなかった〟ことに変わりはなく、支払われるフィーは「ゼロ」に近い数字だろうと言われている。

楽天、TBSの情報戦を巧みに利用した唯一の勝者は、高値でTBS株を手放して百億円とも言われる売却益を得た村上ファンドだけなのかも知れない。(筆者は、「株主価値の向上」などとMBAの教科書から都合の良いロジックだけを摘み食いしてキレイ事を主張しながら、実は、短期的に株価を上昇させアービトラージ(鞘取り)を狙っているだけの村上という人間に興味もなければ、まったく評価もしない)

持田には「焦り」があったのではないか。GSには、持田が統括する「投資銀行部門」(IBD)と、もう一人の社長であるトーマス・モンタグが統括する「債権部」(フィックスド・インカム)がある。両者は、同じ会社でありながら、激しい収益争いを演じている。

債券や株式のトレーディングも、巨額の収益を生んだ不良債権処理部隊も、年内の株式公開を目論むゴルフ場の「アコーディア・ゴルフ」も、すべてモンタグのテリトリーで、持田の功績にはならない。「持田の十倍は怖く、持田の十倍仕事が出来る」とまで言われるモンタグは、すでに〝GSでは次のポストが見当たらない〟ほど稼ぎ、「いずれグローバルの債券部のヘッドになり、GS会長になるのではないか」とまで言われている。オマケに、モンタグは百五十キロの巨体のダイエットにも成功したという。

さらにモンタグの後任には、佐護勝紀という天才債券トレーダーが就任することが確実視されている。GS出身で現在はマネックス証券代表の松本大に育てられた佐護は、東大法学部出身で学生時代はモデル、妻はテレビ局の元アナウンサーと、「人付き合いが悪い」(同僚)ことを除けば、完全無欠のエリートである。

一方の持田のIBDは、武富士買収、三井住友銀行とUFJ銀行の統合、西武鉄道、カネボウの買収など、「エレファントハンター」と言われる持田らしい巨大ディールを手掛けるものの、いずれも失敗に終わっている。奪い取った企業は、フジタと三洋電機という、出資先の三井住友から吐き出される会社ばかりだ。古参のGSのOBは、こんな指摘をする。

「いまだにGSのIBDは、設立からの『累積赤字』を解消していないだろう。今のビジネスは、『投資銀行』の看板を背負っているが、やっていることは投資ファンドと同じ。イー・アクセスの携帯電話子会社への出資にしても、ドコモやソフトバンクとの間で、コンフリクト(利益相反)が発生する危険性を孕ん取引ではないか」

GS対メリルの勝負は決していない。三月末までに楽天とTBSの資本、業務提携の話し合いが決裂すれば、楽天が再び買収に乗り出す可能性は充分に残されている。しかし、楽天の株価が回復した今でも、持田が手を拱いて増資のマンデートを獲る気がないのなら、グローバルオファリングはモルスタに、M&Aのアドバイザーはみずほ証券に奪われかねない。

かつて、不況で疲弊した日本人の曇った目には、外資の活躍が「ハゲタカ」「陰謀」「救世主」など、様々な姿に映った。しかし景気が回復するにつれ、我々は外資に対する偏見や幻想、過大評価から目覚めようとしている。〝空砲しか撃てない黒船〟は、正しく淘汰される時代になるだろう。

(敬称略)

初出:『Foresight』2006年2月号

メディア買収劇に見る外資系投資銀行の実像『Foresight』Part1


追記:
この記事を読んだ米系投資銀行のカバレッジバンカーたちの反応は、「休日返上で毎週のようにゴルフ接待をしている持田さんは立派だ」というものが多かった。また、野村證券の企業金融部門の幹部からは、「ウチの社長もディールのためなら裸踊りでも何でもやってる!」と、変な自慢をされたことを覚えている。