外資系投資銀行の虚像と実像『週刊新潮』 Part2

持田がGSへ転職した八十年代、日本のマーケットでの外資系投資銀行は、取るに足らない存在だった。

唯一、頭角を現しつつあったのは、山一證券からソロモン・ブラザーズ・アジア証券に転じていたトレーダーの明神茂(55)だけで、M&Aや引き受けなど、いわゆる投資銀行部門(IBD)は赤字を垂れ流す「お荷物部署」だった。また、外資系金融機関で、実力バンカーと呼ぶに相応しい日本人は、平成四年にシティバンクの在日代表に就任する八城政基の登場まで待たねばならず、当時は、米国からの「天下り外人」によってトップの座を牛耳られていた。

この頃、GSの投資銀行部門の主な仕事は、米国の不動産や企業を日本の投資家に売るため、金融機関や生保などに頭を下げて営業活動するというものだった。営業を担当していたのが、GSの東京支店を数名で支え続けた川島健資(51)=現メリルリンチ日本証券副社長と江原伸好(53)=ユニゾン・キャピタル社長の二人。持田は、コーポレートファイナンス、日本の証券会社で言うところの「引き受け」が仕事だった。

実は、当時のGSは火種を抱えていた。

外資系投資銀行の虚像と実像『週刊新潮』 Part1



六月初旬。

数名の外資系投資銀行のバンカーが、埼玉県所沢市の西武鉄道本社を訪れていた。訪問の目的は「西武鉄道の買収交渉」。その外資とは、米系投資銀行のゴールドマン・サックス証券(以下、GS)である。この時、西武とGSは初の公式会合だった。しかし、その場に、GSのトップである持田昌典(50)と、みずほコーポレート銀行出身の後藤高志・西武鉄道社長(56)の姿は無かった。

「後藤社長と持田社長が、直接会って交渉することはあり得ないでしょう。なぜなら、二人の間には、絶対に埋めることが出来ない『溝』があるからです」(メガバンク幹部)

西川善文と金融庁との最終決戦『週刊文春』Part2

平成十三年四月、住友銀行はさくら銀行と合併し、「三井住友銀行」に生まれ変わり、西川が頭取に就任した。当初、「住友がさくらを救済した」とも言われたが、合併直後に、旧さくらの行員を中心に、「住友には巨額の不良債権が隠されていた」という驚きの声が上がり始める。だが、その実態はなかなか顕在化しなかった。

「合併後の平成十四年初頭の金融庁の検査も非常に甘かったのを覚えています。担保不動産の価値を『路線価+営業キャッシュフロー』で計算するような水増し査定が当然のように許されていた。それで、『融三案件』の多くが開示不良債権にならなかったようだ」(三井住友幹部)

もっとも、問題が表面化しなかった最大の理由は、「融三案件」の詳細を知る行員が、ごく少数の住銀出身者だけに限られていたからだ。「融三案件」を「西川子飼い」でガードする一方、処理の手法に疑問を持つ首脳たちは、次々と退社に追い込まれた。故堀田庄三住銀会長の長男・堀田健介元副頭取(現モルガン・スタンレー・ ジャパン・リミテッド会長)、児玉龍三常務米州本部長(現中外製薬専務)らは、西川頭取によって放逐させられたと言われている。

西川善文と金融庁との最終決戦『週刊文春』Part1


「不良債権」・・。
バブル経済の崩壊から十五年。景気が回復の兆しを見せるたびに、不良債権という名の「魔女」が地中から手招きし、日本経済を不況の泥沼へ引きずり落とし続けてきた。不良債権の魔の手は、有力企業を次々に崩壊させ、高度経済成長の立役者だった経営者までも牢獄に送り込んだ。日本経済を不況から救い出すには、「魔女」の息の根を止めなければならないのは、誰の目にも明らかだった。

この不良債権という「魔女」と、半生をかけて格闘し続けた男いる。

西川善文、六十六歳。

三井住友銀行頭取、そして全国銀行協会会長であり、テレビ番組でも鋭い眼光と厳しい口調で、時に金融行政を一刀両断にしてきた。その姿には、自信に満ち溢れた豪腕バンカーの風格が漂い、彼の存在は「西川プレミアム」となり三井住友の株価を引き上げる牽引役となっていた。

他国に税金の拠出を求めるヘンリー・ポールソン

金融不良資産買い取り、日欧に協調促す 米財務長官(日本経済新聞)

ヘンリー・ポールソン米財務長官は、日本や欧米諸国にも公的資金の支出を求めるようだ。つまり、日本に支店を構える米系投資銀行、欧州系投資銀行、さらに投資ファンドなどが抱える不良債権を、日本国民の税金を使って買い取れということだろうか。少なくとも日本の金融機関は、現時点では国に救済を求めなければならない状態ではない。先週まで、韓国産業銀行のリーマン・ブラザーズ買収には公的資金を出さないと言っていた男が、ここまで変節できたとは、驚きを通り越して笑うしかない。ポールソンが提示した不良債権買取構想では、潰れてもいない金融機関からCDOなどの不動産関連債券を買い取るというもので、いったい、どこの誰がそんな複雑怪奇なデリバティブにプライシングをして、どこの誰の判断で売買が決まるのだろうか。国が金融機関に資本注入して、半ば強制的にRCCに単純明快なローン債権を買い取らせた日本とは事情がまったく異なる。そもそも実現性すら疑問である。

リーマン・ブラザーズ/アスクレピオスの巨額詐欺事件は主犯の〝逃げ切り勝ち〟か

17日、丸紅を騙った医療機器巨額詐欺事件の主犯、齋藤栄功(アスクレピオス前社長)がLTTバイオファーマ株のインサイダー取引で再逮捕された。もっとも、この件は今年2月に明らかになっている。この逮捕が最後で、二十日間の拘留後に詐欺罪などで起訴されることになるだろう。そして、リーマン・ブラザーズが騙し取られた371億円は戻らないまま、事件の捜査が終焉することになりそうだ。

この事件については、「サブプライムで『花形外資バンカー』は難民と化した」(『週刊新潮』2008年5月22日)の中で書いたが、捜査が最終段階になっても、いまだに謎が多い事件である。

・齋藤の動機は?

アクスレピオスの医療再生ファンドそのものは、投資家からの出資も病院への投資も実体があった。出資者は機関投資家だけでなく、個人や従業員も含まれていた。彼ら全てを裏切ってまで、破綻することが目に見えている巨額詐欺に手を出したのはなぜか。また、丸紅の偽部長まで仕立てて371億円を騙し取ったのなら、そのまま山分けにして逃げればいいはずだが、なぜ他の出資者へ償還したのか。

・リーマンはなぜ371億円も出資したのか?

ゴールドマン・サックスの正体『文藝春秋』Part3

しかし、我が世の春を謳歌していたこの時期、GSに少しづつ「変化」の兆しが見え始める。

九八年は、長銀、日債銀が相次いで破綻し、日本は未曾有の金融危機に直面していた。GSは、長銀買収では政府側、日債銀ではソフトバンク側のアドバイザーとなった。この時、契約に盛り込まれた「瑕疵担保条項」(担保価値が目減りした場合、政府がその債権を買い取る)が、GSによる日本政府への背信行為ではないかという批判が出始める。「勝ちすぎ」に対する批判も多い。

「GSの社員が酔っ払って六本木交差点でベンツに嘔吐した。運転手のヤクザが怒って出てくると、女性幹部が財布をだして、『車ごと弁償するから値段を言いなさい』と怒鳴りつけた」
「接待には必ず社員の『美女軍団』が同席する。知的でテレビ局のアナウンサーのような女性にかこまれて、担当者は簡単に落ちてしまう」・・・。

GSから、古き良きパートナーシップ時代の堅実さやチームワークが少しづつ失われ、「金儲け主義」や「自分勝手」な振る舞いが目立ちはじめたという指摘は、GSのOBからも上がっている。

ゴールドマン・サックスの正体『文藝春秋』Part2

持田の入社から五年後の九〇年二月、ソロモン・ブラザーズの東京支店の若き債券トレーダー、二十六歳の松本大は、友人の紹介でGSへの転職を決意する。

松本は、東大法学部を卒業後、海外旅行で自分の意志が伝えられなかったことにショックを受け、「英語を喋れるようになりたい」という理由でソロモンに入った。ニューヨークの新入社員研修で、MBA取得者などを向こうに回し、債券数理などのテストで百二十名の中でトップを取るなど、持田とは対照的にデビューから「天才」ぶりを発揮していた。

当時のソロモンは、「キング・オブ・ウォールストリート」の名に相応しい派手な会社だった。ところが、一方のGSは、未だにパートナーシップ(共同経営)を守る、堅実だが地味な会社だった。おそらく松本が転職した時は、債券部については、メジャーリーグからマイナーリーグに降格したような感覚だったかもしれない。松本が、当時の様子を語る。

「(GSの)債券部のレベルがあまり高くなかったので驚きました。債券数理とかデリバティブとかマーケットとか、色んなことに対する理解力がソロモンと比べると低かったように思います。ところが、当時のGSの方は、あまりそうは感じてなかったかも知れません。というのは、当時、債券ビジネスに関してはソロモンが超トップで、その下にモルガン・スタンレーやGS、更に下にリーマン、はるか下に日系があったからです。全体のピラミッドの中ではGSは格上でした。でもソロモンからレベル低かったですね」

ゴールドマン・サックスの正体『文藝春秋』Part1


東京タワーすら睥睨して聳え立つ六本木ヒルズ---。

十一月、六本木ヒルズのシンボルである「森タワー」の四三階から四八階に、外資系投資銀行「ゴールドマン・サックス証券(以下GS)」の東京支店が入居した。最高層階のテナントスペースをすべて借り上げる「バンク借り」というもので、二階の受付も、六基あるエレベーターも、すべてGSの専用で、他の入居テナントであるヤフー、楽天、グッドウィルなどのベンチャー企業群より、文字通り数段上に存在している。

GSは、三井住友銀行の千五百億円の増資や、ダイエーグループのホテル買収、そして倒産したゴルフ場を次々に買い占めて西武グループを凌駕する日本最大のゴルフ場オーナーになるなど、不況に喘ぐ日本を席巻している。オフィス移転は、「ライジングサン・プロジェクト」と名づけられたもので、拡大を続けるGSの人員を支えるためのものだ。

メディア買収劇に見る外資系投資銀行の実像『Foresight』Part2

一方、「楽天・TBS」の攻防劇は、楽天がGS、TBSがメリルをアドバイザーに雇ったことから、「外資対決」として注目された。九月二日にポールソンが来日した理由を、楽天の幹部はこう語る。

「当時、楽天が買収を進めていた米国のネット広告会社『リンクシェア』側のアドバイザーに米国のGSが就任していたのです。交渉の過程で、楽天の財務状態と積極的なM&A戦略を知って、『有利子負債の圧縮のために増資したらどうか』と提案してきた。この時点では、TBS買収の話題はなかった」

「TBSは別」という説明が真実かは分からない。「持田がTBS買収をけしかけた」という説も有力である。しかし、二千億円の増資となれば、一・五~二%のフィー(手数料)として三十~四十億円の金がGSの懐に入る計算になる。ポールソンが、文字通り飛んで来たのも当然である。

GSは、冒頭のような「持田の接待営業」ばかりが有名になったが、接待だけでディールを奪えるほど投資銀行の世界は甘くない。IT企業の社長が証言する。

「数年前、当社の増資をモルガン・スタンレーと進めていた時です。この情報を聞きつけた持田さんが、その日ロンドンから到着したというGSのバンカーも一緒に、突然やってきた。彼らが説明するストラクチャーが、明らかにモルスタより優れていたのでGSに乗り換えました。持田さんは、普段は六本木のクラブで馬鹿騒ぎをしていますが、仕事の決断、行動は誰よりも早い」

メディア買収劇に見る外資系投資銀行の実像『Foresight』Part1


昨年九月三日、土曜日の夕方。長野新幹線の軽井沢駅ホームで、六人ほどの男たちが声をあげて笑い合っていた。明らかにゴルフ接待の帰途といった風情である。日焼けをした精悍な顔つきで、ヨレヨレの黒いポロシャツを着た小太りの中年男性が、会話の中心になっている。

「いやぁ、お会いする前はどんな方かと思ってましたが、気さくで楽しかったですよ」

こう言われると、黒いポロシャツの男が笑いながら応じる。

「それはもう、何といっても大事なお客様の前ですからね。会社ではもうちょっとピシッとしてますよ。がっはっはっはっ」

独特の甲高い声、人懐っこい笑顔・・・。この男こそ、ゴールドマン・サックス(GS)で「最強外資」と言われる日本の投資銀行部門を統括する、持田昌典社長である。

リーマン・ブラザーズ破綻と「ドブ浚い」

15日、16日の主要株価指数
FT100    5203.80 - 212.90(- 3.93%)
DJIA     10917.51 - 504.48(- 4.42%)
NASDAQ   2179.91 - 81.36(- 3.60%)
S&P500    1193.53 - 58.17(- 4.65%)
TOPIX     1117.57 - 59.63(- 5.07%)
NIKKEI     11609.72 - 605.04(- 4.95%)
JASDAQ    52.97 - 2.61(- 4.70%)
J-REIT     1177.84 - 88.41(- 6.98%)
SSEC      1986.64 - 93.04(- 4.47%)
SZSA     570.75 - 8.02(- 1.39%)
HSI     18300.61 -1052.29(- 5.44%)

意外というのも変だが、リーマン・ブラザーズの破綻後、パニック的な大暴落はなく「普通の暴落」で済んだようだ。欧米日の金融当局が、素早く短期市場に資金を供給して連鎖的な破綻に楔を打ったことも効果的だった。目の前の危機を放置して崩壊寸前に陥った日本相撲協会とは大違いの迅速、的確な対応だった。(当たり前だ)

月刊『現代』休刊

月刊「現代」など休刊=講談社

講談社の月刊『現代』が、今年12月に休刊することが決まった。『現代』では、二十代の頃に何度かデータマン(取材記者)として仕事をさせてもらい、その後、署名記事も書かせてもらった。休刊の理由は読者の高齢化と部数低迷である。A5版(A4用紙の半分の大きさ)の総合月刊誌がマーケットから受け入れられなくなったことは、雑誌メディアに携わる人間であれば15年以上前から共通認識だった。『文藝春秋』『新潮45』『中央公論』『世界』『正論』などが代表的だが、トップの『文藝春秋』も最盛期から大きく部数を落としている。この中で、新機軸を打ち出したのが『新潮45』と『現代』の二誌だった。リニューアルは『新潮45』のほうが早く、保守系オピニオン誌の枠にとらわれず殺人事件や未解決事件のストーリー・ノンフィクションを掲載して部数を伸ばした。『現代』は、長く〝月刊版「週刊現代」〟のような構成だったが、前編集長時代からノンフィクションに注力していた。『現代』の編集部は、『週刊現代』や『フライデー』で育った編集者で占められている。彼らが培ったノウハウや人脈を活かすために、政治、経済、社会事件などの硬派なノンフィクションを売り物にすると考えるのは、至極真っ当な編集方針の転換である。