日債銀「破綻判定リスト」の衝撃 Part5 『文藝春秋』

リップルウッドが望んだのは、ロスシェアリング方式だった。

この方式ならモラルハザードを招く心配は少ない。それが、なぜ瑕疵担保になったのか。実は、金融再生法にはロスシェアリングを使えるという条文がなかったのだ。これについては、昨年七月九日の国会で、当時の柳沢伯夫金融再生委員長がこう答弁している。

「この法律におきましては、再生委員会による資産判定ということに依拠するという制度で、ロスシェアリングというスキームを採用されなかったと、むしろ反対解釈をすべきであろう、このように考えております・・・」

つまり、厳しい資産判定をするからロスシェアは必要ないと言っているのだ。しかし、既に述べた通り、再生委が判定した適資産には大量の問題債権が含まれている。国会答弁と現実が一致しない。実は、国会答弁を聞いて、先の安斎元頭取ですらクビを捻ったという。

「ロスシェアを結ばなければ、買収先が納得するはずがない。そごうのような企業も承継させることや、一回目の資産判定で速やかに売却することではお互いの意見が一致していましたが、この部分だけは私と考え方が異なりました。この時点では、『柳沢さんは本当に売却する気があるのか』とさえ、思ったほどです」

ロスシェアを採用できるかどうか、再生委の中でも意見が分かれたという。少なくとも金融再生法にはその規定がない。「それなら法律を改正すればいい」--こう強く主張したのが、再生委員の一人でコマツ会長の片田哲也だったという。

「ところが、法改正には時間的な余裕が無かった。安斎さんは、現行法でもロスシェアを導入できると主張しましたが、これも見送られた。実際にロスの補填をする際に、大蔵省から『法律に規定がない』と、支出を拒まれる危険性があったからです」(再生委の関係者)

こうして、窮余の策として捻り出されたのが、民法五百六十条から始まる「瑕疵担保」の適用だったのだ。しかし瑕疵担保は、二次ロスの補填とは、どう拡大解釈しても相容れない条文である。

瑕疵とは「キズや欠陥」という意味だ。民法五百六十九条には、「債権の売主の責任」として、次のように定めている。

「債権ノ売主カ債務者ノ資力ヲ担保シタルトキハ契約ノ当時ニ於ケル資力ヲ担保シタルモノト推定ス」

さらに五百七十条には、「売主の瑕疵担保責任」として、

「売買ノ目的物ニ隠レタル瑕疵アリタルトキハ第五百六十六条<用益的権利による制限がある場合の売主の担保責任>ノ規定ヲ準用ス・・・」

これを、今回の銀行譲渡に当てはめると、政府がゼネコンやノンバンクなどの資力を担保し、「要注意C」であるにも関わらず、「キズがあるとは知らなかった」ということになる。まったく意味不明である。

「本来、瑕疵担保責任は、メーカーが工業製品や住宅などを販売する時に、故障などの予期せぬトラブルに対して、製造者側が一定の責任を負う場合に適用される法律です。しかし、それを国が銀行を売る際に、債権に瑕疵があったら買い戻すというのは、かなり無茶なこじつけです。しかも、債権がキズものであることを承知で、国は民間に売却している。二重の意味で矛盾があります」(法曹関係者)

瑕疵担保条項は、不平等条約であるばかりか、矛盾だらけである。少なくとも当時の柳沢委員長が決断すれば、ロスシェアを導入することは可能だったはずだ。

「瑕疵担保の唯一のメリットは、当面、見かけ上の公的資金の投入額を減らせることだと思います。恣意的と言われた資産判定で、不良債権の買い取り額を減らし、本来ならロスシェアで詰むべき引当金の額を、『瑕疵担保をつけるから』という理由で減額したのかもしれない。長銀と日債銀をあわせた公式資金の支出額は、資本注入分を除けば約十兆円です。最初からこの予算が決まっていたと考えれば納得がいきます」(公認会計士)

明確なのは、瑕疵担保条項の結果、日債銀の融資先四百社、一兆二千億円の問題債権のデッドラインが三年後と決められたことだ。それは、再生法の本来の目的だった〝借り手保護〟から、〝借り手の切り捨て〟に、百八十度舵が切り替わったことを意味する。再生法の精神は、ここで骨抜きになってまった。

さらに、長銀、日債銀をこともあろうに「投資家」に売ったことが、再生委の「第二の誤謬」だった。

「NLPはいわゆる資金を募って設立された投資ファンドですから、出資者に利益を還元するのが第一の目的です。新生銀行が切り捨てたと言われる信販会社の『ライフ』は、NLPの出資者でもあるGEキャピタルが買収に動き出している。同じく第一ホテルも、NLPの中核であるリップルが出資しているマリオットグループが支援に乗り出そうとします。外資にいいように弄ばれているようなものです」(大手証券のアナリスト)

救済すべき銀行を、投資ファンドに売却した例は欧米ではない。銀行経営を任せられるのは銀行経営者以外にいない、という当然の理屈だ。

そして、日債銀を買収したソフトバンク連合の中心人物、孫正義もやはり「投資家」と見なすべきだろう。

「孫さんは、巨額の資金を投じた『ジフ・デービス』の出版部門や、メモリーボードメーカーの『キングストン・テクノロジー』も経営が傾くと、さっさと売り払ってしまった。ハッキリしているのは、彼には経営再建という発想がゼロだということ。そして、冷酷かつ有能な投資家であることは間違いありません」(中堅証券のファンドマネージャー)

彼らが、〝ハゲタカ〟ぶりを発揮した時、どの企業群が切り捨てられるのか。

リストの数字では、ゼネコンのフジタは、藤和不動産を含めてグループで日債銀に七百四十二億円の債務がある。同じく長谷工コーポレーションは、グループで百三億円。ダイエーグループも百四十億円だ。

日債銀の債権は、負債総額の中では微々たる金額かも知れない。しかし、新生銀行は、ダイエーに千六百億円、オリエントコーポレションに千五百六十九億円、熊谷組に千四百九十六億円というように、巨額の債権を抱えている。

「この三年間で結論が出るでしょう。リップルや孫さんは、おそらく再売却を望んでいると思います。これだけの問題債権を抱えている状態では、とても上場させるまでに再建するのは困難だからです。これから一年間は、注目を集めるので動けないでしょうが、瑕疵担保のある三年以内に処分しなければ、彼らは失敗することになるからです」(前出・都銀幹部)

これと同じ心配を、再生委の関係者も抱いている。

「融資先が健全化すれば、引当金の分が利益になるので、三年の期限ギリギリまでは経営努力をするでしょう。しかし、そうならない場合は、三年後を待たずに結論を出すかも知れない」

日債銀は、政治力によって設立された「不必要な銀行」で、「無謀な融資」を繰り返した挙句、「必要な責任追及」が行われずに破綻した。そのうえ、誤った政治判断によって、不良債権処理は三年後に先送りされた。

戦後政治のゆがみが産み落とし、裏面史のメインバンクだった日債銀は、再び政治の思惑と四兆三千億円もの国費を背負い込んで〝蘇生〟することになった。その生い立ちを考えれば、政治がこの銀行の命脈を断ち切れなかったのも、あるいは当然のことなのかも知れない。(文中敬称略)

(初出:『文藝春秋』2000年10月号)


日債銀「破綻判定リスト」の衝撃 Part1 『文藝春秋』
日債銀「破綻判定リスト」の衝撃 Part2 『文藝春秋』
日債銀「破綻判定リスト」の衝撃 Part3 『文藝春秋』
日債銀「破綻判定リスト」の衝撃 Part4 『文藝春秋』