佐川と笹川を結ぶビデオ『週刊朝日』Part3

トラック運転手の過酷な労働条件や不当解雇など、国会で佐川急便問題が追及され始めるのは一九八六年のこと。実は、それより前にこんなことがあった。笹川良一氏の側近だった人物が言う。

「これは良一会長から直接聞いた話です。八十年ごろ、東京佐川の渡辺社長から、『国会で佐川の労働問題が取り上げられそうなので、何とかならないか』という相談があったのです。そこで、良一会長が大物運輸族の政治家に働きかけたようです」

良一氏がどう動いたのかは不明だが、少なくともその時期は、佐川に対する国会質問がなかったという。

「その後、佐川清会長が『お世話になった笹川先生にお礼がしたい』と言い出したんです。良一会長は、『そんなものはイラン』と断ったのですが、『では先生の活動記録を撮らせて下さい』ということで話が決まったようです」(笹川良一会長に近い人物)

これが事実なら、佐川急便のために笹川良一氏が一役買ったことになる。その後も佐川急便は、良一会長が紹介した運輸官僚人脈を生かして、便宜を図ってもらったという。ふつう運送会社は、規模を拡大しようにも、規制が強すぎて思うようにならない。良一氏に恩を売るだけで、この規制をかいくぐり、国会の追求からも逃れられたのなら、年間数億円のビデオ製作費など安いものだろう。

こうした事情を背景に、八十年五月設立されたのがTVCであり、「大いなる日日──笹川会長記録」の撮影がスタートするのである。TVCの設立に向けて、良一氏と、佐川氏の間で動いた女性がいる。「渡辺社長の愛人」と噂されたT女史である。

「T女史は、元を正せば良一会長の内縁の妻・鎮江夫人の詩吟の内弟子。だから間を取り持つには打って付けで、笹川氏と佐川氏の会合には決まって同席していた」(笹川家に近い人物)

T女史は、その後、自らが経営する会社で佐川急便の作業着を受注するほど、ビジネスでも佐川急便に食い込んだという。しかもTVCの山本丈晴社長は、この会社の役員にも就任していた。

「山本社長もT女史も、振興会と佐川急便の間をうまく立ち回って、オイシイ仕事を手にしていたと言えるでしょうね」(佐川急便関係者)

かつて山本社長は、本誌の取材に対して、「佐川の政界工作を知ってたとかの疑いを掛けられたが、そんな事実はない。今でも佐川急便とはビジネスの付き合いは続いている」と答えていた。

今回、あらためて取材を申し込み、何度も接触を求めたが、「取引先のことについては、一切お答えできません」(TVCの田中太一専務)というだけだった。

TVCが製作したビデオは、いまも船の科学館の三階展示室で上映されているが、

「そもそも良一会長を満足させるためだけに作ったものですから、作品としては退屈なもの」(振興会関係者)

全部で百数十巻にも及ぶこのビデオ、船舶振興会では置き場所に困ってしまい、地下の倉庫に放り込まれたまま、人目にも触れず埃にまみれているという・・・。

(初出:『週刊朝日』1994年6月24日号)