16億円の楽器を買う笹川財団の女性大物画商『週刊朝日』Part3

この金額を楽器輸入業者にぶつけてみると、

「十六億九千万円という価格は、いかにも安い。二十億円~三十億円出してもおかしくない。さすがは塩見さんの手腕だと言わざるを得ない」

という答えが返ってきた。さらに続けて、

「実は、音楽財団が高額の楽器を購入しようとする動きは二年ぐらい前からあったんです。それで、多くの業者がアプローチしたんですが、どれも具体化するには至らなかった。ところが塩見さんが来た途端、半年足らずで、こんな名器を安く買えるんですからたいしたもんですよ」

こんな高価な楽器を買うことのどこが「音楽振興」になるのか。それについては、財団の幹部の一人が自信たっぷりに説明する。

「日本の若い音楽家の育成のために楽器の貸与事業をやるのですよ。今回の買収はとっかかりに過ぎず、今後さらに世界の名器を集めていくことになるでしょう。あくまで長期的な視野に立った事業なんですよ。もとが博打のテラ銭といっても、いい使い方をすれば評価されると思う」

『今後も世界の名器を集めていく』ということになると、塩見さんは楽器買収専門の専務理事として、かり出されたことになりそうだ。まさに、うってつけの役職と言えそうだが、楽器の貸与事業に対しては、こんな批判の声もあがっている。

「確かに、お金持ちが無償で若い演奏家に長い間名器を貸すことはありますし、有意義だと思います。しかし、それだけお金があるんだったら、苦境に陥っているオーケストラの運営にお金を出していただきたいとも思いますね。楽器の価格は急激に上がることはなくても下がらないと言われている。結局、財団のお金が減らない方法で援助をしようとしているような気すらしますね」

こう言うのは、音楽家六千五百人が加入する労働組合、音楽家ユニオンの佐藤一晴事務局次長だ。批判の声は、外部からだけではない。別の音楽財団関係者もこう言うのだ。

「どうも、一部の人達だけでこの計画が進められているという印象が拭い切れません。貸与する演奏家の人選も慎重にしなければならないのに、運営の仕方すら決まっていない。どうも、買い付けばかりが先行してしまっているような気もするんです・・・」

こうした批判が聞かれるとなれば、直接、塩見専務理事に聞くしかあるまい。

「私もサザビーズを退職しまして暫く休んでおりましたけど、新しい分野でどう財団を運営していこうかということを構築中なんでございます。また、色んな初めての試みを考えておる最中なんです」

丁寧な口調で答える塩見さんだが、『パガニーニ・カルテット』に関しては、

「大変申し訳ないんですが、今の時点では進行中で、非常に微妙な段階にあるので、詳しいことをお話しするわけにはいかないんです」

と、キッパリ。毅然とした態度でこれ以上のことは口に出さなかった。いまのところ滞りなく楽器が購入出来ることを願うばかりだが、モノがモノだけにあるバイオリニストからも、こんな声も聞こえてくる。

「音楽財団の役員や評議委員には世界的に有名なバイオリン奏者や弦楽器の専門家もいらっしゃるのであり得ないことでしょうけど、高価な骨董品や絵画を買うと、決まって『贋物論争』が起こるんですよ。楽器の世界は閉鎖的で一般の人には理解されにくい面もある。実際、日本にあるストラディバリウスの中には贋物もあると言われています。そんなことにならなければいいとは思いますが・・・」

(初出:『週刊朝日』1994年4月8日号)

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