16億円の楽器を買う笹川財団の女性大物画商『週刊朝日』Part2

ビジネスの上で彼女の存在をもっとも煙たがったのは、市場を荒らされ兼ねない画商たちだった。

「だいたい、絵画や骨董品を見る目もない人間が、突然オークションだなんて言い出しても、お客さんは信用しやしませんよ」(銀座の画商)

だが、こんな画商連中のやっかみを尻目に、八九年に帝国ホテルで開いた日本で初めてのオークションでは十二億四千万円の売上を記録するなど、彼女は次々と成功を収めていったのだ。

「塩見氏の功績は、当時まだ概念すら浸透していなかった日本に、オークションを定着させたことでしょう。日本のオークションの歴史を語るのに欠かせない人物です」(サザビーズジャパン・広報担当藤井祥子さん)

サザビーズ時代の塩見さんの活躍は順風満帆だった。

「国内でもおおいに話題になった、大昭和製紙の斎藤了英氏が落札した、ルノワールの『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』の商談の先頭に立ったのが塩見女史でした。業界にとっても一番いい時期だったですね」

こう話すのは、塩見氏とは十五年来の付き合いで、西武百貨店の美術部から、サザビーズ・ジャパンの営業部長を経て、いまは自ら会社を経営している長谷川正明氏だ。しかし、不況の荒波は、美術品のオークション業界をも直撃した。塩見氏がサザビーズをあとにしたのもそんな時期だっただけに、

「業務提携した西武百貨店が絵画取引でイトンマン事件に巻き込まれたりしたのが原因で、本社の経営陣から解任されたのでは」(銀座の画商)

などと、様々な憶測を呼んだものだが、前出の長谷川氏によれば、

「賃金の面で折り合いがつかなかったのも辞められた一因だと思います。二百二十年もの伝統があるサザビーズという会社では、一国の皇太子が無償で働いていたりするんです。塩見女史も、本社の役員になるまでは無給だったでしょうし、社長といっても、世間で想像するほどの収入はなかったと思いますよ」

そんな塩見さんが、また表舞台に舞い戻ってきたのだ。そしていま、彼女が中心となって財団ではある巨額プロジェクトが進行中だという。前出の船舶振興会の関係者が語る。

「音楽財団は、もともと『新春アマチュア音楽祭』と『創作コンクール』という催しを年に一回づつやる程度の地味な財団だったんですが、彼女が理事に就任した途端、世界的な名器と言われるストラディバリ製作のバイオリンやチェロなどの弦楽器を四本も買おうという計画が具体化してきたのです」

ストラディバリウス───一七世紀から一八世紀にかけて、イタリアの天才弦楽器製作者アントニオ・ストラディバリの手になる楽器を、一般的にこう呼んでいる。現存するのは六百台あまりといわれ、一度手にした演奏家は、その音色の素晴らしさに手放そうとしない。そのため、所有者が亡くなった時ぐらいしか出回らないこともあって、一台のバイオリンが数億円単位で売買されることも珍しくない。都内の楽器専門輸入業者の社長が溜め息交じりに語る。

「音楽財団が買おうとしているのは、『パガニーニ・カルテット』というものです。バイオリン二本とヴィオラ、チェロの四重奏をカルテットと呼ぶんですが、ストラディバリウスだけのカルテットは、スペイン王室や米国のスミソニアン博物館に保存されているものなど世界でもわずかしか残っていないんです。『パガニーニ・カルテット』は、一九世紀のバイオリン奏者パガニーニが愛用していたもので、その価値は数十億にのぼるとも言われている。これが日本に来るというのは、本当なら凄いことです」

音楽財団が今年二月七日に行った理事会の資料には、振興会からの助成金で創設した『笹川音楽交流基金』の二十億円の中から、ワシントンのコーコラン美術館所有の『パガニーニ・カルテット』を購入する、と明記してある。購入価格は千五百万㌦で、円に換算すると約十六億九千五百万円。この文書通りだとすると、すでに手付け金と一回目の支払い額の合計六百六十万㌦は支払い済みで、〈遅くとも本年五月末までには引渡を受ける〉というのだ。

(初出:『週刊朝日』1994年4月8日号)

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