16億円の楽器を買う笹川財団の女性大物画商『週刊朝日』Part1


一九九二年三月。美術業界では著名なオークション会社の女性社長が突然退任し、表舞台からこつ然と姿を消してしまった。このことが、画商たちの間で話題になっていたことは言うまでもない。

「その彼女が、今度は財団法人の専務理事になって、音楽業界に殴り込みをかけるってんいうんですよ。まさに、彼女らしい再登場じゃないですか」(銀座の画廊経営者)

この女性とは、世界最大のオークション会社サザビーズの初代駐日代表で、サザビーズ・ジャパンの社長だった塩見和子氏だ。その彼女が約二年間の沈黙を破って、昨年九月、『日本国民音楽振興財団(近く日本音楽財団に変更予定)』という財団法人の専務理事に就任したのである。

この財団法人は、東京都港区の船舶振興会ビルの一室にあって、運営資金は全て日本船舶振興会からの助成金だ。つまり競艇のテラ銭でまかなわれている船舶振興会系の笹川ファミリー財団なのだ。なぜ、サザビーズの元社長が音楽財団の理事に就任したのか───。船舶振興会の関係者が言う。

「実は、いま財団で密かに進行しているプロジェクトに、塩見さんはどうしても欠かせない女性だからなんです」

この密かなプロジェクトに触れる前に一般にはあまり知られていない塩見さんの「華麗なるサクセスストーリー」を紹介しよう。今年五十二歳になる塩見さんが生まれたのは、中国・上海。父親が銀行員だった関係で、中学、高校はインド、香港で過ごしている。早い話が帰国子女で、国際基督教大学を卒業し、サイマルの第一期生として同時通訳の仕事についた。つまり「バイリンギャル」の元祖でもある。

ニューヨークで同時通訳の仕事を十年あまりやり、その実績が高く評価されてサザビーズの幹部から誘いがかかった。同社の『駐日代表』の肩書を得たのは七九年のこと。念願のサザビーズ・ジャパンを設立し社長に就任するは、さらにそれから十年後のことだった。一介の通訳からスタートした彼女の華々しい経歴の前では、一度の離婚歴という過去ですら、輝いて見えてしまうから不思議だ。

「通訳に過ぎなかった彼女がここまでなれたのは、仕事を通じて、内外の政財界人との人脈を広げられたのも大きかったはずですよ。日本船舶振興会の笹川良一会長はもちろん、セゾングループの堤清二さんや社会党の土井たか子さんとも昵懇なんです」(船舶振興会のOB)

彼女が、笹川会長の同行で会見した要人だけでも、英国のダイアナ妃やレーガン、カーターの元米大統領など、そうそうたるメンバーが揃っている。

「普通の通訳は、対談者の後ろに控えるのに、彼女は自分も同じ位置に座る。会食の場では自分も一緒に食事しないと納得しないんですよ」

と、彼女流の強引とも思える仕事ぶりを指摘するサザビーズ時代の知人もいるが、通訳としての塩見さんが、日本でも屈指の実力者だったことは間違いない。

「西武百貨店の幹部が海外で買い付け契約をする時など、彼女は単に通訳するだけでなく、『こう主張した方がいいですよ』と、交渉のアドバイスまでするんです。そんな場面を何度も見た堤清二さんが彼女に惚れ込んじゃったんです」(西武百貨店元幹部)

堤氏のはからいで、サザビーズ・ジャパンは西武百貨店と業務提携し、オークションなどでも少なからずバックアップを受けていたという。

(初出:『週刊朝日』1994年4月8日号)

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