「佐川清と笹川良一」細川別邸の密談が生んだ〝利益〟『FRIDAY』


豪華な日本間の一室で、何やら盛んに弁舌をふるっている笹川良一日本船舶振興会会長と、やや上目遣いでその表情をうかがう佐川清佐川急便会長。その横には、一見して芸者と分かる女性が侍っている---。

“ドン”という呼び名がふさわしい二人の密接な関係は、これまでも様々に噂されてきたが、プライベートな場で同席する「現場」が公になるのは、もちろんこれが初めてだ。二人の「密談写真」が撮影されたのは、昭和56年春。場所は、細川護熈前首相が佐川急便に貸りて、要人接待などに使っていた京都市左京区にある通称「細川別邸」である。この場にいた振興会関係者が言う。

佐川と笹川を結ぶビデオ『週刊朝日』Part3

トラック運転手の過酷な労働条件や不当解雇など、国会で佐川急便問題が追及され始めるのは一九八六年のこと。実は、それより前にこんなことがあった。笹川良一氏の側近だった人物が言う。

「これは良一会長から直接聞いた話です。八十年ごろ、東京佐川の渡辺社長から、『国会で佐川の労働問題が取り上げられそうなので、何とかならないか』という相談があったのです。そこで、良一会長が大物運輸族の政治家に働きかけたようです」

良一氏がどう動いたのかは不明だが、少なくともその時期は、佐川に対する国会質問がなかったという。

「その後、佐川清会長が『お世話になった笹川先生にお礼がしたい』と言い出したんです。良一会長は、『そんなものはイラン』と断ったのですが、『では先生の活動記録を撮らせて下さい』ということで話が決まったようです」(笹川良一会長に近い人物)

佐川と笹川を結ぶビデオ『週刊朝日』Part2

あるビデオは、まず画面いっぱいに「世界一家」「人類兄弟」の文字が現れた後、押し寄せる荒波が映り、背広姿の笹川良一氏がセカセカと歩いてくるところから始まる。そして「○月×日××記念式典」というテロップとともに、良一氏が壇上にあがって喋ったり、何やら表彰されたりというシーンが延々と続くのだ。国連に招かれた場面もあれば、良一氏がアフリカの子供と握手するシーンもある。式典に参加した細川護熈元首相や、良一氏の内縁の妻である鎮江夫人も登場する、といった具合だ。一本のテープに、こんな映像だけが二十五分も収録されている。早い話、良一氏の行動を追っただけの何の変哲もないPRビデオである。

このテープのパッケージには、「TVC」という文字が印刷してあった。「TVC」──正確には「東京ビジュアルコミュニケーション山本」というこの映像製作会社こそ、笹川氏と佐川氏を結び付ける接点なのだ。社長は作曲家の山本丈晴氏で、女優の山本富士子さんの夫である。山本社長は、「古賀政男音楽文化振興財団」の理事長でもある。この財団は、「日本音楽著作権協会」から、七十七億円の無利子融資を受け、作曲家の小林亜星氏らが批判して問題になったところだ。

佐川と笹川を結ぶビデオ『週刊朝日』Part1


今から三年前、京都市左京区にある佐川清・佐川急便会長の豪邸を訪れたときのことだ。通された部屋に、日本船舶振興会の笹川良一会長と佐川清氏が並んだ写真が誇らしげに飾ってあった。佐川氏は、「笹川先生を尊敬している」と繰り返し語った。

ほどなく政治家や暴力団関係者への巨額のバラまきが明るみに出て、大型経済事件の主役となった「佐川急便」。そして、いま警視庁が大動員をかけて捜査している「日本船舶振興会」。一見、何の関わりもなさそうに見える両者には、どんな接点があるのか。そして、佐川清氏は、なぜ良一氏を「笹川先生」と呼んだのか。

笹川錬金術の「密約メモ」発見『週刊朝日』(囲み記事)

運輸省幹部十一人が、チャーターしたベンツやハイヤーに分乗して、笹川陽平氏の別荘へ一泊二日のゴルフ旅行をした───船舶振興会と運輸省との、信じられないような癒着ぶりが問題化している。

「毎年お盆をはさんだ二週間ほど、陽平さんは川口湖畔の別荘に引き籠もるんです。そこへ、官僚はもちろん、橋本龍太郎氏、鹿野道彦氏、森喜朗氏といった政治家連中を招待しては、ホテル海洋のコックや寿司職人をかり出して、大歓迎するわけです」(振興会関係者)

もっとも、この程度の饗応じゃなかったことが、楢崎弥之助氏の調査で分かった。

今度は、運輸官僚への「料亭攻勢」である。陽平氏やその側近が、頻繁に運輸官僚を接待していたという料亭を、高級な順に並べると───

笹川錬金術の「密約メモ」発見『週刊朝日』Part3

このメモの所有者を追ううちに、国会で「笹川疑惑」を追及している衆議院議員の楢崎弥之助氏にたどり着いた。楢崎氏は、メモを持っていることだけは認めた。だが、

「持っているが、コピーはもちろん、中身を見せるわけにもいかない。事前に公になると、証拠湮滅の可能性があるからな。これは吉松の汚職事件に関することで、陽平氏は絶対に逃げられないだろう」

そして、こうも語った。

「七日の予算委員会の分科会で、笹川陽平を参考人招致する予定だ。笹川問題では、今まで色々な脅しがあった。中途半端だと、逆にやられるかも知れない。僕は昔から客観的な事実で追及してきた。今度も、独自調査と具体的な資料でやるつもりだ」

こう言われると、余計にメモの中身が知りたくなる。メモの発見を諦めかけたころ、「笹川家に近い業界関係者」を名乗る人物から、「見せるだけなら構わない」という連絡が入った。都内にある事務所の一室。ここで、「極秘メモ」の存在と中身を知ることが出来た。文書は二種類あった。B5判のレポート用紙に走り書きのメモが二枚と、同じくB5一枚の正式文書である。

笹川錬金術の「密約メモ」発見『週刊朝日』Part2

まずは、ブルネイ王国のプロジェクトからだ。住友建設に、「ブルネイのホテル建設」の要請があったのは、もう十二年も前、一九八二年七月のことだった。住友に、このプロジェクトを紹介したのは、他でもない笹川良一会長自身である。

「この計画は、ある仲介者から良一会長の元へ持ち込まれたものです。会長なら、難なく日本のゼネコンを動かせると見込まれたんでしょう。およそ百三十五億円ものプロジェクトですから、会長は一も二もなく飛びついて、陽平さんと一緒に現地に視察にでかけたぐらいです」(笹川良一氏に近い人物)

もちろん、住友建設にとっても良い話だ。要請から一ケ月後の八月二十日には、早くも建設工事の請負契約を取り交わした。しかし、「オイシイ話」は綻び始めるのも早かった。住友建設の関係者が、当時の状況を振り返る。

「どうも工事を発注した王族が下っ端に過ぎなくて、『立派なホテルなど身分不相応』とかで、王様の御機嫌を損ねてしまったらしいのです。それで、ブルネイからの工事代金の支払いが、不履行になってしまったんです」

笹川錬金術の「密約メモ」発見『週刊朝日』Part1


いま、日本船舶振興会内部には「三つの噂」が飛び交っている。ある振興会関係者が声をひそめてこう話す。

「一つ目は『次は誰が逮捕されるのか』、もう一つが『笹川陽平理事長が退任するかも知れない』という噂。最後が、『あの極秘メモが実在したらしい』というものです」

一つ目の噂については、前事務局長の吉松昌彦容疑者を逮捕した後も、警視庁が百数十人もの捜査員を動員していることを考れば、話題になるのは当然だ。二つ目の「陽平理事長退任説」も、

「どうも、野村證券の田淵節也元会長に頼んで、めぼしい大物財界人を物色してるようです。というのも、このまま笹川ファミリーの影響力が削がれると、振興会が運輸省OBの天下り機関として牛耳られることは目に見えてますからね」(笹川系財団幹部)

船舶振興会幹部逮捕で次の標的は?『週刊朝日』


「これは単なる始まりに過ぎない。調べれば調べるほど、不透明なカネの実態が明らかになるでしょう。その時は、もっと上の人間が捜査の対象になるかも知れません」

五月二十七日午後二時過ぎ、東京都港区虎の門にある「日本船舶振興会」(笹川良一会長)へ警視庁二課の係員約五十人が家宅捜索に入るのを見た振興会関係者は、こうつぶやいた。

今回逮捕されたのは、日本船舶振興会の常勤嘱託(理事待遇)吉松昌彦前事務局長と、小畠克明飛島建設東京支店現場所長、さらに平山文男三橋設計事務所参事の三人。

逮捕容疑は、モーターボート競走法違反にあたる贈収賄で、小畠、平山の両容疑者が、一九九一年の船舶振興ビル改修工事受注の見返りに、クーラーや冷蔵庫、テレビ、電子レンジ、炊飯器などの百数十万円相当の電気製品を吉松容疑者の自宅へ贈ったというのだ。

数千万円の現金が知事や市長にバラまかれた一連のゼネコン汚職に比べたら、なんともセコイ事件である。それだけに、冒頭の「もっと上の人間」という言葉が現実味を帯びてくるのだ。

運輸省から船舶振興会補助団体へ大挙119人の天下り『週刊朝日』Part2


さらに、五十六団体に対する船舶振興会からの交付金を調べると、九十二年度が計六十一億千九百万円、九十三年度は計八十億三千九百万円、九十四年度は計八十六億千三十万円と、年をかさねるごとに増えている。また、天下り人数は、理事や役員だけで、非常勤の理事や顧問などはリストに加えていない団体もあった。実数はもっと多い。この資料をみた造船業界関係者は、

「これじゃ、運輸省OBの十分の一が笹川サンに食わせて貰ってるのと同じだよ」

と呆れ返るのだ。 競艇を開催するモーターボート競走会は、全国に十九団体あり、この競走会を傘下に収めているのが全国モーターボート競走会連合会である。一年で約二兆円が競艇で稼ぎ出され、その三・三%にあたる約六百六十億円が日本船舶振興会に入ってくる。このカネが、振興会を経由して、海運・造船関連団体や文化・福祉関連団体に配られる。莫大な資金を目当てに、政界・官界はもちろん、海外からも、こぞって要人が頭を下げにやってくるのは、あまりにも有名だ。

運輸省から船舶振興会補助団体へ大挙119人の天下り『週刊朝日』Part1


「日本船舶振興会の問題が、これまで国会の場で取り上げられなかったのは、笹川が恐ろしいからじゃ。だれか勇気のあるヤツが先鞭を付けにゃナラン。その点、私は圧力団体との対立で、なんども修羅場をくぐっとるからな」

五月十九日、国会で「笹川疑惑徹底追及の記者会見をした後、社会党の小森龍邦代議士は厳しい表情で語った。「追及の会」には社会党だけで十人以上が賛同しているという。だが、会見に出たのは三人だけだった。「相手が相手だけに身の安全を考えてやらにゃイカン。家族に危害が加わることがあるかも知れん。コトは慎重に運ぶ必要があるんだな」

会見の席上、小森氏らが配った資料には、今後追及する「笹川問題」ついて次のように書かれている。

1 運輸官僚との関係における問題
2 交付金、補助・助成金などのシステムの問題
3 政治家がらみ=補助金交付をめぐって、なお法整備の放置の問題
4 佐川と笹川の関連問題

その具体的内容は、まだ伏せられているが、

「充分に追求できるだけの資料はそろってる。理屈じゃなくて具体的な事実で追い詰めていくつもりじゃよ」

16億円の楽器を買う笹川財団の女性大物画商『週刊朝日』Part3

この金額を楽器輸入業者にぶつけてみると、

「十六億九千万円という価格は、いかにも安い。二十億円~三十億円出してもおかしくない。さすがは塩見さんの手腕だと言わざるを得ない」

という答えが返ってきた。さらに続けて、

「実は、音楽財団が高額の楽器を購入しようとする動きは二年ぐらい前からあったんです。それで、多くの業者がアプローチしたんですが、どれも具体化するには至らなかった。ところが塩見さんが来た途端、半年足らずで、こんな名器を安く買えるんですからたいしたもんですよ」

こんな高価な楽器を買うことのどこが「音楽振興」になるのか。それについては、財団の幹部の一人が自信たっぷりに説明する。

「日本の若い音楽家の育成のために楽器の貸与事業をやるのですよ。今回の買収はとっかかりに過ぎず、今後さらに世界の名器を集めていくことになるでしょう。あくまで長期的な視野に立った事業なんですよ。もとが博打のテラ銭といっても、いい使い方をすれば評価されると思う」

16億円の楽器を買う笹川財団の女性大物画商『週刊朝日』Part2

ビジネスの上で彼女の存在をもっとも煙たがったのは、市場を荒らされ兼ねない画商たちだった。

「だいたい、絵画や骨董品を見る目もない人間が、突然オークションだなんて言い出しても、お客さんは信用しやしませんよ」(銀座の画商)

だが、こんな画商連中のやっかみを尻目に、八九年に帝国ホテルで開いた日本で初めてのオークションでは十二億四千万円の売上を記録するなど、彼女は次々と成功を収めていったのだ。

「塩見氏の功績は、当時まだ概念すら浸透していなかった日本に、オークションを定着させたことでしょう。日本のオークションの歴史を語るのに欠かせない人物です」(サザビーズジャパン・広報担当藤井祥子さん)

サザビーズ時代の塩見さんの活躍は順風満帆だった。

「国内でもおおいに話題になった、大昭和製紙の斎藤了英氏が落札した、ルノワールの『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』の商談の先頭に立ったのが塩見女史でした。業界にとっても一番いい時期だったですね」

16億円の楽器を買う笹川財団の女性大物画商『週刊朝日』Part1


一九九二年三月。美術業界では著名なオークション会社の女性社長が突然退任し、表舞台からこつ然と姿を消してしまった。このことが、画商たちの間で話題になっていたことは言うまでもない。

「その彼女が、今度は財団法人の専務理事になって、音楽業界に殴り込みをかけるってんいうんですよ。まさに、彼女らしい再登場じゃないですか」(銀座の画廊経営者)

この女性とは、世界最大のオークション会社サザビーズの初代駐日代表で、サザビーズ・ジャパンの社長だった塩見和子氏だ。その彼女が約二年間の沈黙を破って、昨年九月、『日本国民音楽振興財団(近く日本音楽財団に変更予定)』という財団法人の専務理事に就任したのである。

この財団法人は、東京都港区の船舶振興会ビルの一室にあって、運営資金は全て日本船舶振興会からの助成金だ。つまり競艇のテラ銭でまかなわれている船舶振興会系の笹川ファミリー財団なのだ。なぜ、サザビーズの元社長が音楽財団の理事に就任したのか───。船舶振興会の関係者が言う。

日債銀「破綻判定リスト」の衝撃 Part5 『文藝春秋』

リップルウッドが望んだのは、ロスシェアリング方式だった。

この方式ならモラルハザードを招く心配は少ない。それが、なぜ瑕疵担保になったのか。実は、金融再生法にはロスシェアリングを使えるという条文がなかったのだ。これについては、昨年七月九日の国会で、当時の柳沢伯夫金融再生委員長がこう答弁している。

「この法律におきましては、再生委員会による資産判定ということに依拠するという制度で、ロスシェアリングというスキームを採用されなかったと、むしろ反対解釈をすべきであろう、このように考えております・・・」

つまり、厳しい資産判定をするからロスシェアは必要ないと言っているのだ。しかし、既に述べた通り、再生委が判定した適資産には大量の問題債権が含まれている。国会答弁と現実が一致しない。実は、国会答弁を聞いて、先の安斎元頭取ですらクビを捻ったという。

「ロスシェアを結ばなければ、買収先が納得するはずがない。そごうのような企業も承継させることや、一回目の資産判定で速やかに売却することではお互いの意見が一致していましたが、この部分だけは私と考え方が異なりました。この時点では、『柳沢さんは本当に売却する気があるのか』とさえ、思ったほどです」

日債銀「破綻判定リスト」の衝撃 Part4 『文藝春秋』

再生委が、問題債権を無理矢理に「適資産」と判定せざるを得なかったのは、先の「奉加帳増資」に代表される、「先送り政策」が最大の元凶である。

九八年当時の経済状況を考えて甘い査定をしたのだから、単に「資産算定が甘い」という批判は当たらない。だが、金融再生委員会の「当時は止むを得なかった」という言い訳が、いつまで通用するのだろう。問題を先送りし、目をつぶって「危ない企業」の債権を新銀行に残したツケは必ず回ってくる。

その典型が、そごうの破綻である。

国有化当時の長銀の頭取、安斎隆が振り返る。

「そごうは、最初の債務者区分では要注意Aでした。これは、直近の決算が黒字だったからです。要注意Aであれば、自動的に適資産となります。ところが譲渡の時点では破綻懸念先となったのです。しかし、その段階から資産判定をやり直すと、譲渡は数ヶ月先になってしまいます。そこで貸倒れ引当金を積み増しして、譲渡されたわけです。私の考えでは、いずれそごうは破綻する運命だったと思います」