新生銀行会長 八城政基は勝ったのか Part4 『文藝春秋』

手数料無料、二十四時間ATMサービスなどで預金者を集めるリテール部門。八城は、エッソ、シティバンク時代からのノウハウを生かして、顧客が満足するサービスのアイディアを出してきた。日比谷の新生銀行本店を「牢獄のようだ」と言い、コーヒーでも出せるようにと提案したのも八城である。新生銀行は専門紙・誌の顧客満足度調査では、常に上位に入るようになった。

そして、もう一つの顔は、債券投資や不動産の証券化、M&Aの仲介などの投資銀行部門である。新生銀行は、すでに非金利収入が五割を超えた。一見、利ザヤ稼ぎに頼る収益構造からの脱皮が成功したように見える。しかし「非金利収入」の大部分は不動産投資や債券売買などの直接投資のリターンである。投資銀行業務で、ゴールドマン・サックスなどの外資系、野村證券などと伍して戦うには、新規株式公開や社債の引き受け、そして企業買収の仲介のアドバイザリーフィーを稼ぎ出さなければならない。新生銀行における非金利収入は、本質的な意味では「手数料収入」となっていない。

ある外資系投資銀行の幹部からは、「新生銀行は普通預金付のヘッジファンドになった」という声が聞こえてくる。新生銀行には、外資系で債券や不動産の売買を手掛けたプロフェッショナルたちが多数スカウトされている。これらの数名の「招致部隊」が、ノンリコースローン、クレジット・トレーディングなどで数十億円単位を稼ぎ出しているだけだ。そして、昨年末、こうした招致部隊が耳を疑う人事が発表された。その人事とは、新生銀行次期社長に、ティエリー・ポルテ副会長の就任が内定したことだ。

ポルテは、モルガン・スタンレー証券の在日代表を勤めてきた。妻が日本人であることから「日本通」という見方をされている。しかし、モルガン・スタンレー時代から、部下からの評判が低い人物として知られている。

「本人はビジネスの現場で絶対に日本語を話しませんが、実はかなり日本語が堪能だと思われています。そして、社内政治に長けた人物で、部下の失敗をフォローせずに責任をおしつける。経費の使い方に口うるさく、彼の下では安心して働けないので、モルスタ時代には有能な社員が何人も退社している」(モルガン・スタンレーOB)

モルスタでは、こんな伝説が残っている。M&Aに関わる顧客とのミーティングの最中、ポルテは自分の発言が終わると、鞄の中から書類の束を取り出した。その書類はモルスタ社内の経費の申請書だった。ポルテは、会議に参加しているフリをしながら社内経費のチェックをしていた・・・・。

そして新生内部からも、「八城社長とポルテが森ビルへのファイナンスを巡って対立した」という話しが持ち上がっている。ポルテは、森ビルの森稔社長と親しく、六本木ヒルズに隣接する「さくら坂レジデンス」の一~三階にアメリカンスクールの幼稚園を誘致したのは、ポルテの功績だと言われている。もっとも、「長期融資は返さない」ような態度の森ビルは、八城がもっとも嫌う経営者の一人である。こんな話しが流れても不思議ではない。

八城が四年の歳月をかけて築き上げた新生銀行の信用も、もしポルテがマネージメントをミスすれば一夜にして崩れ落ちる。企業の歴史にハッピーエンドは無い。三月末、金融再生プログラムが終了し、全てのメガバンクは不良債権の処理を終わらせる。すでに真剣での勝負を仕掛けた新生銀行に対して、ライバル銀行や証券会社は容赦ない戦いを挑んでくる。八城が舞台から去った後、新生銀行に本当の試練が訪れるだろう。

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八城は、ビジネスマン人生を通じて、常に筋の通った経営判断を実践してきた。それは単なる欧米流の模倣ではない。安易な銀行合併も、マネーゲームのような投資銀行業務も八城の好むところではない。一方、責任の所在が曖昧な日本的な経営手法も嫌悪している。新生銀行の成功は、欧米流経営の勝利でもなければ、日本的経営の敗北を意味しているわけでもない。ボーダフォン、シティバンク、カールフールなど、日本市場で失敗した外資はいくらでもある。

八城は、日本の護送船団行政やコロコロと変わる政策と戦っていた。その一方、シティ時代には日本市場で傲慢な振る舞いをする外国人バンカーを叱責することも少なくなかった。八城の経営手法は正しく「八城流」だった。

外資に翻弄され、不平等契約を結ばされ、あまつさえ税金すら取れなかった金融当局は、その不明を恥じるべきだ。そしてメガバンクの首脳も、不良債権処理から目をそむけ、あわよくば孫子の代まで先送りして、自分の退職金の心配ばかりしていたのではないか。

そして、新生銀行の再生を七十六歳になる八城に頼るしかなかった日本の金融界は、いまだに「危機」を脱していないのかも知れない。

(初出:『文藝春秋』2005年4月号)

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