日債銀「破綻判定リスト」の衝撃 Part3 『文藝春秋』

こうして政治銘柄として生まれた日債銀は、再び政治の思惑の中で、破綻・国有化された。だが、ソフトバンク連合への譲渡によって、全ての矛盾が解消され、日本の金融システムが正常に機能すると言えるのだろうか。

一ヶ月の譲渡延期が決定した直後、再生委が作成したと思われる、ある内部資料が流出した。いわゆる「日債銀の資産判定リスト」である。実は、このリストを詳細に分析することで、日債銀売却の蔭に隠された、驚くべき事実を垣間見ることが出きる。

まず、このリストの真贋について再生委の意見を聞こう。

「様式からしまして、確かに資産判定資料らしきものに見えますけど、この判定資料が本物か、本物でないかについては何とも言いようがないですね。(資料について)報じられていることについては、私どもは否定も肯定もしていません。特に調査ということもやっていません」(再生委事務局・八田斎金融危機管理課長)

日債銀「破綻判定リスト」の衝撃 Part2 『文藝春秋』

「昭和四十年代までは、実際に担保の不動産を鑑定部が全部見て回りました。ところが、昭和五十年代に入ると、鑑定部に回さないで営業担当者が評価できるようになったのです。営業の力が強くなって、バブル時代になると、金利分まで上乗せして貸すような評価になっていきました。どうしてそうなったのか。やはり勝田さんが営業の現場をまったく知らなかったからでしょう」(前出・日債銀の元幹部)

東北の政商こと小針歴ニの福島交通グループへの巨額融資や、政財界の黒幕・児玉誉士夫と関係を深めたり、竹下登、金丸信、安倍晋太郎といった大物代議士への献金など、日債銀が〝政治銘柄〟になっていくのも、この時期だったという。

さらに、勝田の右腕といわれ、バブル期に頭取、会長として実権を握っていた、日本興業銀行出身の頴川史郎が、日債銀の野放図な融資に拍車をかけた。

「倒産した千代田ファイナンス(後の日本トータルファイナンス)は、バブル期に二、三十億円の経常利益を出した。すると頴川さんは、『この会社を見習え』と行内にハッパをかけたのです」(日債銀の元幹部)

日債銀「破綻判定リスト」の衝撃 Part1 『文藝春秋』

「日債銀の譲渡が終わり、〝三年間リスクを負わない大銀行〟が、新生銀行に続いて日本に二つ誕生したことになる。国民の税金で債権の劣化を保証され、おまけに貸し倒れ引当金まで国が面倒をみた。今後、続出するゼネコンの債権放棄でも、他の銀行が債権を買い取ってくれるのですから、小学校のドッチボールでボールが当たっても大丈夫な〝味噌っカス〟も同然です」(都市銀行の幹部行員)

この稿が掲載される時点で、かつて「政界の貯金箱」と呼ばれた「日本債券信用銀行」は、ソフトバンク傘下の「新生日債銀」に生まれ変わっている。平成十年十二月の国有化(特別公的管理)から、実に二十一ヶ月もの歳月を費やし、難産の末に出来あがったのは、内外のマスメディアから、「ソフトバンクの機関銀行」を危惧される代物だった。

新生銀行会長 八城政基は勝ったのか Part4 『文藝春秋』

手数料無料、二十四時間ATMサービスなどで預金者を集めるリテール部門。八城は、エッソ、シティバンク時代からのノウハウを生かして、顧客が満足するサービスのアイディアを出してきた。日比谷の新生銀行本店を「牢獄のようだ」と言い、コーヒーでも出せるようにと提案したのも八城である。新生銀行は専門紙・誌の顧客満足度調査では、常に上位に入るようになった。

そして、もう一つの顔は、債券投資や不動産の証券化、M&Aの仲介などの投資銀行部門である。新生銀行は、すでに非金利収入が五割を超えた。一見、利ザヤ稼ぎに頼る収益構造からの脱皮が成功したように見える。しかし「非金利収入」の大部分は不動産投資や債券売買などの直接投資のリターンである。投資銀行業務で、ゴールドマン・サックスなどの外資系、野村證券などと伍して戦うには、新規株式公開や社債の引き受け、そして企業買収の仲介のアドバイザリーフィーを稼ぎ出さなければならない。新生銀行における非金利収入は、本質的な意味では「手数料収入」となっていない。

ある外資系投資銀行の幹部からは、「新生銀行は普通預金付のヘッジファンドになった」という声が聞こえてくる。新生銀行には、外資系で債券や不動産の売買を手掛けたプロフェッショナルたちが多数スカウトされている。これらの数名の「招致部隊」が、ノンリコースローン、クレジット・トレーディングなどで数十億円単位を稼ぎ出しているだけだ。そして、昨年末、こうした招致部隊が耳を疑う人事が発表された。その人事とは、新生銀行次期社長に、ティエリー・ポルテ副会長の就任が内定したことだ。

新生銀行会長 八城政基は勝ったのか Part3 『文藝春秋』

話を冒頭に戻す。ファーストクラスでリップルウッドのティモシー・コリンズと出会った八城は、「リップルウッドのパートナーになって下さい」という頼みを、「サンキュー・バット・ノーサンキュー」と言って断った。コリンズは諦めず、翌日の食事に誘う。二人は、ホテル・オークラの和食レストラン『山里』で会食した。八城は投資ファンドというビジネスは面白いと感じたが、今さら働く気にはなれず、今度は手紙を書いて正式に辞退した。ところがコリンズは、「三菱商事の槇原稔会長が会いたいと言ってます。会って下さい」と言ってきた。

「槇原さんが会いたいというのを断るのは失礼ですからね。会って色々とお話ししたんです。すると、『八城さん、お願いしますよ。これは難しい仕事だけど、なかなか人がいないから、八城さんだったらできるからやってくださいよ』とまで言われたんです。それで、引き受けることにしたわけです」

八城は、シティバンクから中村彰利(現・産業再生機構常務)と奥村友紀子の二人の部下を引き連れて、リップルウッドのチェアマンとなった。二人は、リップルウッドのマネージング・ディレクターに就任し、宮崎県のリゾート施設、シーガイヤの買収、再建に当たることになる。もっとも、この時点では長銀の買収は決まっていなかった。八城は日本企業の再建ファンドのパートナーに就任することは決まったが、コリンズから、元ゴールドマン・サックスのパートナー、クリス・フラワーズと組んで、「銀行の買収を進めている」と打ち明けられる。

レイク買収は新生銀行か?アコムか?

消費者金融「レイク」売却先、新生銀有力に・GE子会社(日経2008年5月22日)
レイク買収、アコムが有力に(産経2008年5月7日)

GEコンシューマーファイナンスが保有する「レイク」の売却は、昨年夏に決定していた。九月に一回目の入札が行われたが参加者が無く、延期に次ぐ延期を重ねた。今年に入ってから、「五月中になんとかしたい」というGE幹部の意向で、各社に事業計画を提出させた。数千億円規模の巨額買収になることと、今後の消費者金融ビジネスの行く末や業界地図を塗り替えるディールなので、情報戦も激しいようだ。金融筋などから得た情報によると、それぞれの入札金額は、レイクの約6000億円の債権に対して、「プロミスが2500億円」「アコムが3000億円」「新生銀行が4000億円」という数字である。

すでに拡大戦略による規模のメリットで生き残りを選択しているプロミスの2500億円は「妥当なプライス」で、コストカットなどの事業再編を織り込んだアコムの3000億円が「ギリギリのプライス」、新生銀行の4000億円は「馬鹿げたプライス」という評価である。買収資金のすべてをキャッシュで出すことはないだろうが、現在の新生銀行が4000億円を支出するのはあまりに無謀ではないか。既に一兆円規模のリスクアセットを抱えている中規模コマーシャルバンクとして、正しい決断と言えるだろうか・・・。

新生銀行会長 八城政基は勝ったのか Part2 『文藝春秋』

日本のエッソ石油の成功を買われた八城は、昭和四十七年にエクソン本社のケン・ジェイミソン会長の特別補佐、エッソ石油社長、さらに、昭和五十四年にはアジア・太平洋地域を統括するエッソ・イースタンの副社長となって渡米する。エッソ・イースタンは、従業員約三万人、年間税引き後利益は約十億ドル。八城はイースタンのナンバーツーとして第二次オイルショックの最中、世界各国の原油の割り当てを決定する会議に参加する。さらにインドネシアの国営石油公社のプルタミナとの交渉や、タイのウドンでの原油開発の調査、パキスタンでの天然ガス利権の買収など、米石油メジャーの中心で活躍しはじめる。

しかし、エッソ・イースタンのトップの座を目の前にして、八城の前に「国籍」の壁が立ちはだかった。八城がエクソンの役員になれば、非米国籍の人間が米国のエネルギー戦略、ひいては国家機密へのアクセスが可能になる。そこでエクソンはグリーンカード(永住権)の取得を勧めたが、八城は拒否した。

「当時、日本の経営が世界一であるように言われるようになって、日本との関係が良くなかった。仮に僕がエッソ・イースタンの社長になっても、エクソンのボードメンバーに日本人を入れることには株主からの反対が予想された。そして決定的だったのは、僕がダウンストリーム(販売)だからです。本社のアップストリーム(開発)出身の人から見れば、『彼は売り子出身だ』という風になる。エクソンは、そもそも炭鉱や原油生産をやってきた会社ですからね」

新生銀行会長 八城政基は勝ったのか Part1 『文藝春秋』


平成十年九月。八城政基は、全日空のファーストクラス「1-A」シートに身を沈め、ニューヨークから成田に向かう機中の人となっていた。

八城は、社外重役をつとめるコンサルタント会社「アーサー・D・リトル」の取締役会に出席した帰路、東京に立ち寄り、そのまま「ロンドン・スクール・オブ・エコノミスト」の客員研究員として、孫のいるイギリスへ旅立つ予定だった。エッソ石油社長、シティバンク在日代表を歴任した八城だが、すでに「過去の経営者」となり、多くの日本人も彼の名前を忘れかけていた。

新生銀行 杉山淳二会長退任、八城政基会長復帰

数週間前から一部の金融筋で噂されていた人事が決まったようだ。杉山会長とともに旧三和銀行時代の部下数名の幹部も退社すると見られる。しかし、今更、代表権のない会長に八城が復活しても、この銀行が良くなるとも思えない。また、旧三和出身の幹部の退任は、ネガティブなニュースととらえるべきだろう。

新生は、サブプラ損失に加えて、傘下の消費者金融・ビジネスローン会社「アプラス」「シンキ」の再建が急務である。一部では「GE傘下のレイクを買収して規模のメリットを生かす」という見方もある。レイクについては、プロミス、アコム、新生の三社がビッドすると見られるが、仮に新生が買収しても、価格次第では逆に経営を圧迫しかねない。アプラスが持つ消費者金融ビジネスのノウハウは、プロミスやアコムと比較すると明らかに低い。プロミスやアコムの入札価格を大幅に上回る落札は、将来の禍根となる。

新生は、個人向けサービスに特化するのか、投資銀行業務を伸ばしていくのか、まったく方向性が見えない。日本のマーケットを理解出来ない外国人経営者ではなく、旧長銀の人間を経営中枢に据えるべきではないか。このままでは、投資ファンドのオモチャの状態が続くだろう。そして公的資金の返済はまったく見えてこない。

「サブプライム不安」で金融機関に出回る「危ない企業リスト」(週刊新潮 2008年5月15日号)

「『再編候補先リスト』と日本を覆いつくす『衆愚不況』」

本来、上記のようなタイトルが相応しい。そもそも、昨今の「官製不況」は、サブプラ危機とは直接関係がない。しかし、文章は筆者が書いても、タイトルは編集部がつけるので、文句を言っても変更する権限はない。

すべての週刊誌に言えることだが、「カレーライスです」と売りながら、「中身はハヤシライス」というスタイルは、もう改まらないのだろうか。カレーライスが食べたかった人の満足度が下がり、ハヤシライスが食べたい人にはリーチしないのでは、価値が下がるだけだと思うのだが・・・。