国際協力銀行「天下り40社リスト」Part2 『週刊文春』


「ボンタン・エルエヌジー・トレイン・エイチ投資」「ボンタン・トレイン・ジー・プロジェクトファイナンス」「プロジェクト・ファイナンス・ビーエルアールイー」の三社は、いずれもインドネシアのカリマンタン島のボンタン地区にあるLNG(液化天然ガス)の開発に関わる事業へ投資している。

別会社にして、それぞれ一人ずつ天下りを受け入れるより、一社が集約してプロジェクトを管理するほうが、JBICからの公的資金の支出が抑えられるのではないか。

この三社は、よほど仲が良いらしく、JR恵比寿駅に隣接する巨大なオフィスビル「恵比寿ネオナート」に揃って入居している。さらに、小誌の「迂回融資ではないか」という質問に対して、まったく同じ文章で回答してきた。まさに表裏一体の「ボンタン三兄弟」である。

「SPCはプロジェクト毎に設立され、その時、たまたま退職する職員やOBが就任する。これをJBICの人事部が差配しているのは公然の秘密で、プロジェクトにまったく関係の無い人間が天下る例も少なくない。困るのは『プリペイ』(繰上げ返済)で、返済されてしまうとSPCを清算しなければならず、天下り先が減ってしまう」(JBIC関係者)

しかし、天下り会社の中には、JBICから出資も融資もない「純粋天下り目的会社」としか思えない企業もある。

「取材権はあるのか?」と怒鳴られたエスコンディーダ・ファイナンスは、九段下の交差点に近いビルの一室にある。そこは二十平米ほどの小規模なオフィスで、秘書の女性が一人と旧輸銀出身の勝俣孝雄常務の二人がいるだけ。他に三人いるはずの取締役や監査役の姿はなく、代表取締役が座るべき机すらない。あとは、応接セットがあるだけで、会社というより「女性秘書付きの個人事務所」といった佇まいだ。

同じビルにあるアンタミナ・プロジェクト・ファイナンスに行くと、驚いたことに、エスコンディーダとまったく同じ間取りの部屋があり、女性秘書と旧輸銀OBの岩崎晃常務が座る机、応接セットなどが備え付けられていた。

実は、この二つの会社は旧輸銀が参画していた南米の銅鉱山開発の調査を請け負う会社である。別会社になっているが、ある大手商社が親会社となり、勝俣、岩崎の両常務以外の役員はまったく同じ顔ぶれだ。両社は、表面上はJBICとは関係が無い。しかし、JBICの関係者は次のように指摘する。

「こうした企業に調査費用やコンサルタント料を支払っているのは、大手商社かプロジェクトの現地法人でしょう。結局、こうした天下りOBを受け入れる会社を作るコストは、『JBICから融資を受けるコスト』ということになり、回りまわって国民が負担しているに等しいのです」

岩崎常務は、

「トラブルが起こった時など、『イワサキなら会う』という人間もいるのです。私としては、役に立っていると思っています」

と言うが、現役の職員のほうが現地の事情に強いのではないかと問い質すと、「そういう面はあるかも知れませんが・・・」と口を濁すだけだった。

JBIC広報室報道班の高橋信介課長は、

「どんな資料を持っているのか教えて下さい」「取材には協力しますから、資料の入手先がOBか現役かぐらい教えて下さい」

などと言うが、結局、天下りの事実は一切認めなかった。小誌が調査した天下り職員の実名とJBIC時代の肩書きを提示し「間違いが無いか確認して欲しい」と頼むと、一旦は承諾したものの、「個人情報の保護」を理由に一切の事実確認を拒絶。しかも、JBICから天下り企業への融資額はおろか、融資の有無すら「金融取引に関する情報は秘匿されるべき」として、情報公開を拒否した。篠沢総裁を直撃したが、「ノーコメント」を繰り返すだけだった。

   ■    ■

実名リストを公表したのは、ここに名前を挙げたOBを糾弾するためではない。「国益」を掲げながら、自ら「寄生虫」になったことに気づかないJBICの遺伝子は、天下り総裁を送り続けた財務官僚が植えつけたのである。

政府系金融機関を一機関にしても、分割して政府直轄組織にしても、寄生虫の遺伝子をもった人間を排除しなければ、本当の改革にはならない。すべての職員を解雇し、国益のために働く意思と能力がある若い世代に入れ替えなければ、政府系金融機関が再び腐るのは目に見えている。

「新しい酒は新しい皮袋に盛る」ことが、真の改革となるのだ。

(初出:週刊文春 2005年12月1日号)

国際協力銀行「天下り40社リスト」Part1『週刊文春』
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追記
本稿の「天下り40社リスト」は、記事にも書いた通り、JBICの内部資料に基づいて私と「週刊文春」編集部で作成したものである。情報提供者は正義感の強いJBIC関係者である。このリストの出所について、一部の情報誌主催者が「文春に提供したのは俺」などと主張していると聞くが、まったくのデタラメである。私は、この情報誌主催者と直接も間接も会ったことがない。また、新潮社の「フォーサイト」(2006年4月号)に、「朝日新聞記者 野嶋剛」なる人物が、「政争が実らせた『ODA改革』という成果」とするタイトルの記事で、あたかも「天下りリスト」が旧輸銀、旧基金の内部抗争を背景に流出したかの記述をしているが、それが本稿を指しているのであれば、甚だしい見当違いであり全く間違っている。この件については、フォーサイト編集部に抗議をしたが、何らの回答も無かった。