政府が座視する新生銀行「7年目の蹉跌」 Part2 『Foresight』

外人トップと現場との溝は日増しに広がっている。七月二十七日、小田原ヒルトンホテルで行われた「オフサイトミーティング」では、ポルテと日本人幹部との意識のズレは決定的となった。

「約三十人の本部長が出席する中で、M&Aの担当者が、『五千万円ぐらいのフィーが稼げる中規模ディールを手掛けたい』という方針を出したのです。するとポルテ社長が、『メガディールを狙え。そんなことではゴールドマンやモルスタに勝てない』と激昂したのです。新生には、GSのようなネットワークも資金調達能力もない。国内の中規模M&Aで実績を作るのが先決なのに、何も分かっていない」(新生幹部)

経営トップの力量の差は、そのまま新生銀行とあおぞら銀行(旧日本債券信用銀行)との差に表れている。

昨年六月、あおぞらは農林中金全共連アセットマネジメント前社長の能見公一を迎え入れた。能見は、専務理事時代に農林中央金庫を日本最大級の投資会社に変革した実績を買われ、水面下でゆうちょ銀行の社長候補となっていたが、あおぞらの株主の米サーベラス幹部が〝三顧の礼〟で横取りしたのだ。

政府が座視する新生銀行「7年目の蹉跌」 Part1 『Foresight』



「杉山会長が、佐藤隆文金融庁長官と密かに会談した・・」

八月初旬、新生銀行内部で「トップの密会を巡る情報が飛び交っていた。

新生の杉山淳二会長は、旧三和銀行時代、頭取就任を目前にしながらクーデターで信販会社の大信販(現アプラス)に飛ばされた後、新生がアプラスを買収して、再び銀行トップに返り咲いていた。企画畑一筋で出世した「財務省に顔が利く男」としても知られている。

新生は、今年三月期に発足以来初めて単年度赤字に転落し、六月末に業務改善命令を受け、さらに八月一日に政府保有の優先株が普通株に転換され、日本政府が筆頭株主になる〝異常事態〟を招いていた。

「杉山会長と金融当局首脳との話し合いで、経営危機に打開策が見つかるのではないか」

しかし、こうした新生幹部の期待は呆気なく裏切られた。杉山と佐藤の会見は、密会ではなく霞ヶ関の金融庁で行なわれたのだ。

小沢茂男(高島易断)と創価学会絵画疑惑の立花玲子



3月26日、経済産業省が、小沢茂男が代表をつとめる宗教法人「幸運乃光」に、「地獄に落ちる」などの不安を煽って仏具を販売したとして特定商取引法違反で3ヶ月の業務停止命令を出した。小沢は、豊田商事の営業マン出身で、88年に「高島易断総本部発真会」を率いる株式会社発心会の会長、翌年、宗教法人熊谷寺の代表役員に就任した人物。91年には所得隠しで2億円の追徴処分を受け、赤坂の桃源社ビルの占拠問題や、「財界二世学院」との手形騒動などにも顔を出していた。また、街角で托鉢を受けてる高島易断の僧侶もアジア系外国人の「アルバイト」だったことも問題化した。むろん発心会は、「高島暦」を作ったを高島嘉右衛門とは何の関係もない。

この小沢の名前は意外なところに登場する。

日本銀行総裁空白の元凶は福井俊彦

3月20日から日銀総裁ポストが空席となった。武藤敏郎副総裁(元財務次官)の就任を拒否した民主党の手法や、福田首相の力量不足を非難する声も少なくないが、今日の事態を招いた最大の元凶は福井俊彦と言わざるを得ない。

福井は、五年前にOBを含めた日銀関係者からの支援で奇跡的に総裁に就任したが、三年後に村上ファンドへの投資問題で躓いた。総裁在任中に村上ファンドへの投資を「解約」したことは明らかな「利殖行為」であり、当時、「日本銀行員の心得に反する」として辞任を迫った民主党の主張は正しい。しかし福井は、野党やメディア、世論から集中砲火を浴びるが、政府与党に守られて総裁の地位に留まり続けた。辞任を拒否した福井によって、日銀総裁の椅子は軽薄なものに成り下がり、政治の玩具になることが決定した。二年前に村上ファンド問題で追及の端緒を開いたのは民主党である。参議院で多数派となった以上、政権を揺さぶる材料に使うのは、むしろ当たり前の政治手法だろう。

「最後の切り札」福井日銀総裁の実力 Part2 『文藝春秋』

その後の福井は、大阪支店副支店長、総務局次長、人事局次長、調査統計局長を歴任する。「プリンス」として帝王学を叩き込まれ、三重野康から可愛がられた福井は、平成元年に理事に就任すると、三重野とともにバブル退治に乗り出す。同時に、「将来への布石」のため経済同友会の会員にもなる。

「三重野さんは、自分で音頭をとって産業界のトップと勉強会を開くことが好きでした。そういった席には、必ず福井さんも同席していた。日銀は、銀行界には顔は利くが、産業界との交流が少ない。いずれ総裁となる人は、朝食会や昼食会を通じて、大手企業のトップと直に話せる関係を作らなければならない。福井さんは、富士ゼロックスの小林陽太郎、トヨタの奥田碩、富士通の山本卓眞、新日鉄の今井敬といった財界人と友人関係を結ぶようになりました」(前出・日本銀行古参OB)

「最後の切り札」福井日銀総裁の実力 Part1 『文藝春秋』




銀行の銀行として、あるいは金利や物価を操る通貨の番人として、その権力や神秘性ゆえに、「法王庁」と呼ばれる日本銀行の玉座に、かつて〝プリンス〟と呼ばれた男・福井俊彦が総裁に就任してから一年がたった。

接待汚職で副総裁からの引責辞任を余儀なくされ、「過去の人」になりかけたが、ゼロ金利政策という異常事態の中で復活を果たした。三重野康以来の「日銀生え抜き総裁」の誕生に、日銀関係者は福井の活躍に期待をした。

しかし、一年目を過ぎた今、その評価は二分している。

一月二十日、日銀は当座預金の残高目標を三十~三十五兆円に引き上げた。これは、総裁就任以来、実に四回目の引き上げで、二人の審議委員が反対票を投じる中、議長である福井の提案によって、採決が行われたものだ。