福井日銀総裁は何を恐れているのか Part1 『Foresight』



今から五年前、村上世彰が率いる「M&Aコンサルティング」は、六本木ヒルズではなく、南麻布の雑居ビルの七階にひっそりと居を構えていた。白金や麻布の高級住宅街に囲まれていると言えば聞こえがいいが、陸の孤島のような場所である。平成十三年八月、オークウッドのパネルで飾られたこの事務所で、一時間半にわたって村上から「投資哲学」を聞いたことがある。

「投資先の東京スタイルは、保有不動産や有価証券を遊ばせて適切な投資をしていない」「昨年の昭栄に対する敵対的TOB(株式の公開買い付け)の失敗は、日本の経営者や証券市場が遅れているからだ」「株主価値の向上こそが、不況脱出につながる」・・。

それぞれ理に適った主張だが、違和感も覚えた。

当時、カーライル、サーベラス、リップルウッド、ユニゾン・キャピタルなどのプライベート・エクイティ(未公開株)ファンドの幹部にも取材をしていた。他の投資ファンドのバンカーたちと村上は、「投資哲学」は似ているが、「投資スタイル」はまったく異なっていたからだ。多くのファンドは、投資先企業に金と同時に人を投入し、ともに働きながら企業価値を向上させることを目指したが、村上は経営に直接関与することを避けていた。その姿は、米国の投資家でアクティビスト(モノ言う株主)として有名なリチャード・レインウォーターとは、かけ離れたものだ。レインウォーターは、椅子に座ったまま綺麗事を言うのではなく、実際に投資企業と話し合い、経営者をスカウトして送り込み、長期的な経営戦略に基づいた改革を断行させた。ウォルト・ディズニーを再建し、全米最大の病院チェーンを築き上げ、不動産投資信託(REIT)を創出した。

また、〝ハゲタカ〟と批判される外資系ファンドの幹部たちだが、決して日本人経営者を見下すような発言はしなかった。旧来の「日本的経営者」を批判中傷することで、自らの正しさを証明しようとする村上の姿は、ライブドアの社長だった堀江貴文とまったく同じである。さらに、インタビューの最中に頻繁に部下からメモが差し出され、そのたびに「これは成り行き」「ホールドだな」などと、株の売買について指示を出していた姿も、単なる「株屋」というイメージを与えていた。村上の言動は、「日本企業の改革に燃える元通産官僚」とは思えなかった。非礼を承知で書けば、「MBA(経営学修士号)の教科書から、自分にとって都合の良いロジックをつまみ食いしているだけの相場師」というのが、当時も今も変わらない村上に対する評価である。

村上にインタビューをした一ヶ月前、富士通総研理事長だった日本銀行の福井俊彦総裁が、オリックスが組成した「アクティビスト投資事業組合」を通じて、村上ファンドがケイマンに組成した「マック・ジャパン・アクティブ・シェアホルダーファンド・エル・ピー」(MAC JASF)へ、一千万円の出資をしていた・・。

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言うまでもないが、民間人だった福井が、村上ファンドに出資したことに、法的な問題はない。また、それが利殖目的だったとしても、何ら咎められるものではない。しかし、金融のプロたちは、当時から村上ファンドに厳しい目を向けていた。都内で不動産業を営む未上場企業のオーナー経営者は、村上ファンドから数億円の出資をしないかと勧誘された。経営者が、銀行出身の財務担当者に相談すると、次のような答えが返ってきた。

「目論見書には綺麗事が並んでいるが、結局、短期的に株価を吊り上げて売り払い、利鞘を稼ぐのが目的だろう。日本の利益にも、企業の改革にも繋がらない。いずれ社会的な批判を受けるかも知れない」

村上ファンドは、通産省で法令審査委員を務めた村上のほかに、野村證券出身の丸木強、警察庁からボストン・コンサルティングループに転じた滝沢建也がパートナーになっている。一見、法律に精通しているようだが、三人は東大法学部時代の友人である。一般企業でも投資ファンドでも、金儲けを目的に働いてる経営者が〝一線〟を超えてしまうことは少なくない。これに歯止めをかけるのがコンプライアンス(法令遵守)・オフィサーである。ところが村上ファンドは、パートナー同士が「友人感覚」である以上、緊張感が欠如してコンプライアンスが守られない危険性を、設立当初から孕んでいた。コンプライアンス室すら設置していなかったライブドアで、学生気分の取締役たちが平然と粉飾決算に手を染めたのと、似た構図である。

福井に、「五年後に村上が証券取引法違反で逮捕・起訴されることを予見しろ」と言うつもりはない。しかし〝日銀のプリンス〟とまで呼ばれた福井には、村上ファンドの「危うさ」を嗅ぎ分けるだけの識見は備えていたはずである。なぜ、それが見抜けなかったのか・・・。 村上は、「パートナーである以上、私も自分のファンドに出資しています。そうすることで、他の出資者の信頼を得られるのです」と語っていた。村上ファンドは、投資を勧誘する資料にアバイザリーボードに入っている「福井」の名前を記載し、宣伝に使っている。いわば「広告塔」のような役割を果たしている以上、福井本人が出資するのは、むしろ当然である。 しかし、国会質問や記者会見では、福井は、摩訶不思議な回答を繰り返していた。

「若者を支援したい志で村上ファンドに出資した」「巨額に儲かっている感じはない。利益は大した額ではない」「手元に(収支を記した)資料が残っていない」「ど素人で、(契約の詳細は)覚えていない」

苦し紛れの言い逃れにも聞こえるが、福井の言葉を信用すれば、「深く考えないで村上ファンドに出資して広告塔になった」ことになる。福井は、村上の「危うさ」を判断する以前に、村上ファンドの中身や運用方針について、何も理解していなかったのではないか。 ある民主党の議員はこんな疑問を呈する。

「最初に出資した一千万円は、本当に福井総裁の金だろうか・・」

(初出:Foresight 2006年8月号)

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