楽天のTBS帳簿閲覧の仮処分申請を却下した「鹿子木康」裁判長

6月15日、東京地裁は楽天がTBSの株取引に関する会計帳簿閲覧を求める仮処分申請を却下した。この決定を下したのが、東京地裁民事八部の鹿子木康(かのこぎやすし)裁判長である。経歴は以下の通りだ。

1986年、東京地裁判事補
1990年、通産省出向
1992年、仙台地裁
1996年、最高裁総務局
2003年、東京地裁

鹿子木康の名前は、ここ数年、新聞などでも頻繁に取り上げられるようになった。むろん、鹿子木本人が主役ではなく、M&Aに絡む仮処分の決定に携わる裁判官としてである。その代表的な例が、2005年のライブドアとニッポン放送の対決である。この時は、ライブドアの申請を認め、「経営陣の支配権維持が目的である」としてニッポン放送の新株予約権の発行を退けた。

ところが、その半年前、ベルシステム24による巨額増資を大株主のCSKが待ったをかけた際には、アッサリとベル側の主張を認めて、日興プリンシパルインベストメントへの1042億円の増資にお墨付きを与えてしまった。その後、この巨額増資引き受けとCSKが保有していたベル株の買い取りが禍根となり、日興コーディアルグループの不正会計に繋がり、日興はシティ傘下に降ったのである。(この不可解な増資の経緯については、『週刊新潮』2007年3月22日号に「ソフトバンクにやられた!外資が笑う日興コーディアル事件全真相」(3月15日発売)」として執筆した)

実は、この二つの事件は、裁判官が同じ鹿子木なら、弁護士も同一人物だった。ニッポン放送側は久保利英明で、ライブドア側は新保克久、ベル事件の際は、ベル側が新保克久で、CSK側が久保利である。両事件では、新株を発行する側とそれを阻止しようとする側で、弁護士の立場が逆転したが、いずれも新保が勝ち、久保利が負けている。このちぐはぐな司法判断について、早稲田大学法学部長の上村達男教授は「司法は世論に迎合して間違った判断を繰り返した」と批判する。一方、一橋大学の服部暢達助教授は、著書『M&A最強の選択』(日経BP)の中で、二つの決定について一定の理解を示している。専門家の見解も分かれているが、ニッポン放送株発行の差止決定は正しく、ベル24株発行の差止却下は間違いだったと考えている。

問題にしたいのは、鹿子木康という一人の裁判官の決定に、M&Aに関わる重大な司法判断の多くを委ねているという現状である。鹿子木は、当然、企業の法務担当者や弁護士から注目を集め、一昨年10月に日本経済新聞のインタビューに応じるなど、現役の裁判官としては異例の意思表示をしている。東京地裁の民事八部商事部の裁判長である以上、こうした事件に多数関わるのは当然だが、一人の裁判官に集中している現状は変えるべきではないか。東京地裁の中では、「企業法務のエキスパート」という評判だが、彼以外に重要事件の決定を下せる人材が育たないうちに新会社法の施行を迎えたのは不幸としか言いようが無い。結果、スティールパートナーズなどのアクティビストファンドを始めとした外資系企業からのM&Aに晒される日本企業の経営者や法務担当者は、何を拠り所に会社を守ればいいのか判断が出来ず、取締役会は形骸化し、大手の弁護士事務所に会社の行く末を左右する重大な決定を丸投げせざるを得ない。

我々は「裁判所の決定」と聞くと絶対不可侵の〝神の裁決〟のように捉えがちだ。しかし、裁判官も人間であり間違いを犯すことをあらためて認識するべきだろう。(鹿子木については、一部の法曹関係者の中で「通産省出向時代に村上世彰と親しかった」との説があったが、東京地裁の広報に確認したところ、「一面識も無い」との答えだった)